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【社会】

「命守る側に」児童宣言 池田小事件17年 8人悼み黙とう

 二〇〇一年に大阪教育大付属池田小(大阪府池田市、児童約六百人)で起きた校内児童殺傷事件から八日で十七年となった。池田小では、犠牲となった八人の児童を悼み、学校の安全について改めて考える「祈りと誓いの集い」が開かれた。六年生の児童代表は「自分たちの命を守ると同時に、人の命を助ける、守る側の立場になっていくことを誓う」と宣言した。

 遺族や教職員、児童と保護者ら約千三百人が参加し、事件が発生した午前十時十分すぎに黙とう。事件後に設置された「祈りと誓いの塔」の鐘が鳴らされ、教訓を語り継ぐ決意を誓った。

 事件当時池田小で教えていた佐々木靖校長(56)は「事件からの十七年間で、私以外の教員は異動した。転勤した学校で安全管理の重要性を語り、不審者対応訓練を始めることに尽力した先生たちとともに、反省と教訓を語り継ぎ、社会に発信していきたい」とあいさつした。

 事件は〇一年六月八日、校舎に侵入した宅間守元死刑囚=当時(37)=が包丁で児童らを襲った。一、二年の男女八人が死亡し、教員を含む計十五人が重軽傷を負った。

<校内児童殺傷事件> 2001年6月8日午前10時10分すぎ、大阪教育大付属池田小の校舎に、宅間守元死刑囚=事件当時(37)=が侵入し、包丁で児童らを次々と襲った。2年の女児7人と1年の男児1人が死亡、1、2年生の13人と教員2人が重軽傷を負った。国と学校は安全管理の不備を認め謝罪。校門の施錠や防犯カメラの設置など、各地の学校が安全対策を強化する契機となった。元死刑囚は現行犯逮捕され、03年に判決が言い渡された。元死刑囚が控訴を取り下げ刑が確定、04年9月に執行された。

子どもたちに囲まれる伊藤政貴さん=大阪府池田市で

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◆当時1年生、事件経験の男性 子ども食堂で恩返し

 事件当時、大阪教育大付属池田小1年だった伊藤政貴(まさき)さん(24)が、母親と池田市内で地域の子どもたちに安価で食事を提供する子ども食堂を運営している。事件から17年の節目に、「多くの人に支えられてきた。自分にできることで恩返ししたい」と気持ちを新たにする。

 池田市豊島北一にある「池田こども食堂さくら」。日曜の昼、香ばしいカレーの匂いが漂い、約二十人の子どもがにぎやかに食事していた。仕事終わりでスーツ姿の伊藤さんが来ると、「政貴だ!」と歓声が上がり、瞬く間に輪ができた。別の小学校の六年女児(11)は「ここに来ると楽しいし、ご飯は天下一品や」と笑顔を見せた。

 食堂は二〇一六年八月にオープンし、月に四回、子どもに一食百円で食事を提供している。食育の推進に携わってきた母親の睦美(むつみ)さん(55)が調理し、食後は柔道の指導者資格を持つ伊藤さんが柔道を教えている。

 伊藤さんが柔道を始めたのは、池田小児童殺傷事件がきっかけだ。〇一年六月八日。二時間目の体育の授業中、体育館に突然先生が飛び込んできて叫んだ。「運動場に逃げろ」。訳も分からず走った。血まみれで横たわる児童、詰めかけたパトカーや救急車…。その異様な光景は今も目に焼き付いて離れない。

 睦美さんは当日の伊藤さんについて「真っ青な顔で体を震わせていた」と振り返る。戸締まりに敏感になり、池田小を見たくないと言うように。休校中には地域のサポートを得て、卒園した幼稚園や別の小学校に通い、少しずつ元気を取り戻していった。心身ともに強くなってほしいという睦美さんの思いを受け、小学三年の時に友人と柔道を始めた。

 犠牲になった八人の籍は残され、唯一同学年の戸塚健大(たかひろ)君=当時(6つ)=とは、五、六年生の時に同じクラスになった。遠足や修学旅行には写真を持って行くなど、学校生活を共にしてきた。

 自分と同じく、社会人になっていたはずの八人の子どもたち。「彼らの分も頑張って生きていく。今度は自分が子どもたちを守りたい」

 

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