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【社会】

世界一周支えた優しさの輪 車いすで23カ国270日 茨城の三代さん

ボリビア・ウユニ塩湖は水位が高くなく、車いすがさびずに済んだ

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 車いすで単身世界一周に挑戦していた茨城県日立市の三代(みよ)達也さん(29)が、約二百七十日間の旅を終えた。途中、車いすが壊れたり、病気にもなったが、二十三カ国四十二都市を巡った。移動距離は十三万キロに及び、地球三周分超。充実感を持って、こう話す。「車いすでも、一歩を踏み出す勇気があれば、世界は広がる」 (鈴木学)

 昨年九月上旬の昼下がり。イタリア・フィレンツェの石畳の道で、車いすの右の前輪が外れた。「これで帰国か」との思いがよぎった。放心状態でうつむいていると、男性の声がした。

 「トラブルか?」。子どもを連れた四人家族の父親のようだった。前輪を指さして説明すると、父親が車いすをのぞき込み、「ネジが一つないな。固定するのにレンチもいるな」と、ジェスチャーとつたない英語で伝えてくれた。

 家族で手分けし、妻はレンチを持った運動具店の店員を連れて戻ってきた。子どもたちはネジを見つけ「あった!」。すべてそろい、ネジを締めた。

ペルー・マチュピチュでの記念撮影。この場所で40分以上景色を眺めていたという=いずれも三代達也さん提供

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 「車いすが動くことを確認すると、みんなで声を上げ、笑顔でハイタッチしました。もう感謝の言葉しかありませんでした。自然と涙が流れていました」と胸を熱くした。

 十八歳の時、事故で頸椎(けいつい)を損傷した。車いす生活になったが「車いすで旅を諦めていた人に、勇気を」と世界一周を決意。公共交通機関を使い、費用には事故の保険金や貯金を充てることに。本紙で昨年八月、出発前の表情を紹介した。

 ペルーのマチュピチュやボリビアのウユニ塩湖など車いすでは行きにくい場所も、現地の人の助けを借りるなどして訪れることができた。二度の帰国を挟み、五月十一日に旅を終えた。

 「坂を上れない、段差があって店に入れない…。車いすの旅は不自由の連続でした。全ての施設がバリアフリーになるのは難しい」と率直に振り返る。

 だが、気づいたこともあった。「困ったら素直にお願いすること。助けを求められ、嫌な気分になる人はあまりいないと思う。思っているより、人間は優しい。それを学びました」

 二〇二〇年に東京五輪・パラリンピックがある。今後、障害がある外国人の来日が増えるかもしれない。「旅で困っているしぐさを見せると、たいていは声を掛けてくれた。逆に困っていそうな人を見たら、声を掛けてあげてほしい。『大丈夫』と答えるかもしれないが、そんなときでもうれしいものです。勇気を持って声を掛けて」と呼び掛ける。

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