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【社会】

花手向け児童ら登校 大阪北部地震 女児死亡の学校再開

三宅璃奈さんが通っていた大阪府高槻市立寿栄小で授業が再開し登校する児童。奥は倒壊したブロック塀=21日午前

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 大阪府北部で起きた震度6弱の地震で、ブロック塀の下敷きとなり死亡した小学四年の三宅璃奈(りな)さん(9つ)が通っていた高槻市立寿栄小が二十一日、授業を再開した。十八日の地震以降、府では休校する小中学校が相次いだが、発生四日目の二十一日からは通常に戻った。府は公立学校の通学路にあるブロック塀を実態調査する方針を示した。

 高槻市内の小学校は二十日に大半が再開したが、寿栄小では府警の現場検証が続き、通学路の安全確認にも時間がかかったため一日遅れた。ガスが復旧しておらず給食を出せないため、児童は午前中で帰宅。午後には保護者会を開く。

 児童は午前八時ごろから登校。浜田剛史市長は校門前の献花台に献花し、「人為的なミスの可能性が否定しきれない部分があるかもしれない。被害児童の方に申し訳ない」と改めて謝罪した。

 府教育庁によると、地震後、高校や小中学校、幼稚園など公立の四百十七の学校や園から、校舎などが損傷したとの連絡があった。外壁がひび割れたり、体育館の照明が落下するなどの被害が出ているという。

 府内で公立千四百四十四校の小中学校のうち、十八日は八百九十一校、十九日は二百五十二校が休校した。二十日には多くの学校で再開が予定されていたが、大雨の影響で百六十校が休校した。

 ◇ 

 地震から四日目の授業再開に明るい笑顔を見せる一方、全校集会で「不安な思いを我慢しないで」と語り掛けられると涙を流す児童もいた。三宅璃奈さんが犠牲となった高槻市立寿栄小。二十一日、保護者に付き添われて集団登校した約三百人の児童の中には献花台に花を手向ける男児の姿もあった。

 午前八時すぎ、ランドセルを背負った児童が次々と校門に入り、校舎の前で出迎えた田中良美校長や浜田剛史市長らに元気な声であいさつした。

 多くは友人と談笑し、喜んでいる様子だったが、倒れたブロック塀をじっと見つめる子どももいた。

 市によると、全校集会では田中校長が「友達にいつも囲まれ、楽しそうな姿が忘れられません」と語り、黙とうした。「怖い気持ち、不安な思いは我慢しないで先生たちに話して」との言葉を真剣な表情で聞き、十人ほどの児童は涙を流していたという。同日午後には三宅さんの葬儀が高槻市内で営まれた。

 

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