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【社会】

本田選手、石巻の圭佑君にメッセージ フットサル場寄贈で交流

本田圭佑選手が寄贈したフットサル場で練習する酒井圭佑君(中央)と友人ら=宮城県石巻市で(岩本旭人撮影)

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 サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会で八強入りに挑む日本代表のMF本田圭佑選手(32)=パチューカ=に、東日本大震災の被災地から声援を送る少年がいる。本田選手が復興支援で寄贈した練習場でサッカーに打ち込み、本田選手からメッセージをもらったこともある宮城県石巻市の酒井圭佑君(11)。偶然にも同じ名前を持つサッカー少年は、二日(日本時間三日午前三時)の決勝トーナメント一回戦、ベルギー戦での活躍を願っている。 (河北彬光)

 本田選手は二〇一三年、自身のお金や、一般から募った寄付金千八百万円で石巻市に「ホンダファミリアフットサルコート石巻」を整備した。酒井君はサッカー教室の練習で、小学三年からこの人工芝コートを使っている。

 本田選手に思いを寄せるようになったのは二年前。地元紙の石巻日日新聞の協力で発行されている「石巻日日こども新聞」の記者もしている酒井君は、取材会議でふと「何で本田選手はコートを造ったの」と素朴な疑問をつぶやいた。編集長の太田倫子さん(49)が「じゃあ、本田選手に聞いてみたら?」と提案した。

 酒井君は十一の質問を手紙にしたため、本田選手の事務所へ送った。するとEメールで返事が来た。造った理由は「津波の被害でサッカーをする環境が不足していたから」。そして「夢を叶(かな)えるために、常に努力すること。失敗しても諦めず、継続すればどんな壁だって乗り越えられます」という応援メッセージがつづられていた。

 返信は一六年九月のこども新聞の一面トップを飾った。読者の反響も大きく、酒井君は「忙しい本田選手から返事が来るなんて。将来の目標の選手になった」と振り返る。四歳のころに経験した震災で幼稚園の友人や自宅を失ったが、今は本田選手と同じMFとして少年チームでプレーする。

 W杯のテレビ中継は、震災後に引っ越した高台の自宅で見ている。青いユニホームを着て、眠たい目をこすりながら応援するのは、もちろん本田選手。セネガル戦で挙げた値千金の同点ゴールに「W杯で何度も点を取るのはさすが。僕もうまくならなきゃ」。初の八強入りが懸かるベルギー戦でも「本田選手なら、絶対に決めてくれる」と信じている。

◆本田圭佑選手からの返信

−小さい時の夢は

 世界一のサッカー選手になることが夢でした。そして家族を幸せにすることが小さい頃の夢でした。どちらもまだ道半ばです

−小学生の時にしておくべきことは

 やりたいことにとことん夢中になることが大事。自分の行動に責任を持つことを子どもたちに伝えたいです

−尊敬する選手は

 子どものころはフランスのジダンが好きでした

−石巻のサッカー少年少女にひと言

 夢を叶えるために、常に努力すること。失敗しても諦めず、継続すればどんな壁だって乗り越えられます

※酒井圭佑君への返信から一部抜粋

 

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