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【社会】

病を押し高座へ執念 「噺家の本分」問い続け 桂歌丸さん死去

演芸番組「笑点」のメンバーと笑顔で記念撮影に応じる桂歌丸さん(前列中央左)。同右は6代目司会者の春風亭昇太さん=2016年5月22日、東京都千代田区で

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<評伝> 昨年一月に肺炎で入院した後は、鼻に酸素吸入のチューブを付けたまま高座に上がり続けた。周囲の心配をよそに語り始めると、気迫にあふれ、よどみのない口調で観客を引き込み、ライフワークとしていた三遊亭円朝の一時間近い長尺物を見事に語り切った。そのたび「落語家である以上、きちんとした仕事を残し『噺家の歌丸』で終わりたい」と高座に懸ける信念を熱く語った。

 二〇一六年まで半世紀にわたり日本テレビ「笑点」の大喜利出演者や司会者として、お茶の間に明るい笑いを届け続けた。三遊亭小円遊さんや当代三遊亭円楽さんとの毒舌バトルは番組名物に。その上で「陰惨な事件や暗いニュースには触れない。子どもからお年寄りまで、家族で安心して笑える番組にしたいからね」とこだわった。

 落語界を代表する人気となってからも「これにあぐらをかいてはいけない」と噺家としては人一倍、精進した。入門当初は新作落語が中心だったが「土台となるのは古典」という師匠の指導もあり、古典落語を探究。歌舞伎を頻繁に鑑賞して発声の間や所作を学び、上品な語り口やしっかりした型を身に付けていった。

酸素吸入のチューブを付け記者会見する桂歌丸さん=2017年6月17日、東京都文京区で

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 若いころは所属団体に反発するなど血気盛んなところもあったが、会長就任後は落語家たちの結束に気を配った。後進の真打ち昇進の披露会見に同席した際は「早く『間』をこしらえた者が勝ちだよ。面白い噺を聴かせてくれ」と飛躍を促していた。テレビ番組などで裸を見せる芸人には「最近の笑いは薄っぺらい」と手厳しかった。

 「病のデパート」と呼ばれるほど病気続きの晩年。それでも退院するとすぐさま稽古に励み、高座に備えた。弟子の一人は「師匠は体調が優れなくても、弟子たちより稽古していた」と舌を巻いた。

 「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」「真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)」といった円朝の大作に独自色を加えた「歌丸落語」。いつでも全力投球し、誰からも慕われた歌丸さんは「噺家の本分」を問い続けた。高座で見せた気骨ある表情は忘れられない。(神野栄子)

 

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