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【社会】

「命奪うこと罪深い」 井上死刑囚、苦悩の手紙

 死刑が執行された井上嘉浩(よしひろ)死刑囚(48)の支援団体の僧侶平野喜之さん(54)は六日、「生きているからこそ償えることもあったはず」と残念がった。井上死刑囚と同じ京都・洛南高校の卒業生で、二〇〇六年に支援団体を設立し、井上死刑囚と年数回の面会や約百三十通にも及ぶ手紙のやりとりを続けていた。

 今年二月二十一日付の手紙には、自らの罪や死を直視した井上死刑囚の苦悩がつづられていた。「死と向き合うほど、どれほど生きていることそのものがかけがえのないものなのか、しみじみ感じます」。「どれほど他者の命を奪うことが恐ろしく、罪深いものであるのか」

 六月二十五日の大阪拘置所での最後の面会。初めて井上死刑囚から「会って話がしたい」と手紙で面会をせがまれた。いつもより冗舌で二十分間の面会時間が近づくと「もう少し話がしたい」と拘置所の係員に頼み、約五分間延長した。

 支援者の僧侶鈴木君代さんは六日、執行後の事務的な手続きのため、大阪拘置所に行った井上死刑囚の母親に同行した。井上死刑囚は三月に再審請求しており「再審請求中で、本人も執行されるとは思っていなかった」と悔しがった。 (深世古峻一、佐藤圭)

     ◇

 中川智正死刑囚(55)の家族が六日、共同通信の取材に応じ「被害者やご遺族の方にはおわびの気持ちしかない。執行で皆さんの気が晴れるわけではないと思う。ただただ、申し訳ない」と涙で声を詰まらせながら話した。

 中川死刑囚は三月、東京拘置所から故郷の岡山に近い広島拘置所に移送された。家族は「移送されたときに、覚悟は決めていた」と語った。目を真っ赤にして謝罪の言葉を口にした後、「これで償えたわけではない」とも述べた。

 広島拘置所では二回目の五月下旬の面会が、最後の会話となった。そのときの中川死刑囚の様子については「普段通りでした」と言葉少なだった。

 

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