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【社会】

「待っとって」倒れるまで漕いだ 倉敷の男性、自分のボートで20人救出

救助の様子を語る野村さん=12日、岡山県倉敷市で

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 無我夢中でオールを漕(こ)いだ−。西日本豪雨で川が決壊し、約三割が浸水した岡山県倉敷市真備(まび)町地区。会社員野村浩史さん(31)は、所有するゴムボートで被災住宅を回り、取り残された約二十人を救助した。「自分の街がこんなひどい状況になるとは。助けないわけにいかなかった」と振り返る。 (神野光伸)

 猛烈な雨が降り続いた六日夜、野村さんは自宅で父真示さん(58)、母裕美子さん(57)と過ごしていた。避難勧告が出た午後十時すぎ、「車が浸水するかもしれない」と心配になり、約三キロ先の高台にある公園まで車を移動させた。そのまま小康状態になるのを一人で待つつもりだった。

 雨の勢いは予想をはるかに上回っていた。七日未明になって、裕美子さんから「水、肩まで来た」とのメッセージが無料通信アプリ「LINE(ライン)」で届き、息をのんだ。

 「二階におれよ」「逃げる準備するように」。返信したが、反応はない。車を置いたまま走って自宅へ戻る途中、水は胸の高さまで上がってきた。「やばい…」

 そこで思い出したのが、車内に積んでいた釣り用のゴムボートのこと。急いで車まで引き返したが、ボートを膨らますための空気ポンプがない。ガソリンスタンドで機材を借りてボートを膨らませた時には、午前七時になっていた。

 自宅近くの土手からボートを漕ぎ出し、たどり着いた約三百メートル先の自宅。真示さんは既に避難所に逃れ、裕美子さんも市のボートで救出されていた。しかし、ホッとしたのもつかの間、周囲には信じられない光景が広がっていた。

 水没した住宅の屋根の上で、タオルを振って助けを求める人。全身が水にのみ込まれそうな高齢者…。「みんな必死の表情だった。助けないわけにはいかなかった」

 水面を流れるがれきやごみを押しのけながら、接近して手を差し伸べた。ボートの定員は三人。高齢者から順番に、一人か二人ずつ土手まで運んだ。午前八時に救助を始め、被災した住宅と土手の間を十往復し、約二十人を助け出した。

 体力の限界だった。その五時間後、再び住民の救助に向かおうとしたところ、ボートの上で倒れた。「全身がけいれんし、ろれつが回らんようになった」。寝不足の上、ろくに食事も取っていなかった。疲労と脱水症状で病院に救急搬送された。

 「取り残された人たちに『待っとって。すぐ来るから』と伝えていた。それなのに倒れるとは」。野村さんは十日に無事退院し、当時を振り返って苦笑する。

 二年前に起きた熊本地震で、ボランティアとして活動した経験がある。災害の脅威は認識していたつもりだったが、「自分の街がこんなひどい状況になるとは思わなかった。一人でも多くの住民を助けたかった」と話す。

 近所の住民によると、救助活動を続ける野村さんには「がんばれー!」と住民から声援が送られていたという。救助された小野俊雄さん(84)は「一人でボートを漕いで救助するのは大変だったと思う。彼がいなければ自分は生きていなかったかもしれない。命の恩人だ」と言葉を詰まらせた。

 

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