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【社会】

<原発のない国へ 基本政策を問う> (7)賠償の準備 1200億円のみ

「ここに10人も15人も集まり、楽しい暮らしをしていた。原発事故で全部ダメになった」と話す三角常雄さん=福島県飯舘村で

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 春には山菜、秋にはキノコが近くの林に自生する。自宅の脇を流れる沢ではイワナ取り。夕暮れともなれば仲間や近所の人が集まり、わいわいガヤガヤ−。

 二〇〇六年に埼玉県から福島県飯舘村に移り住んだ三角常雄さん(68)にとって、村の生活はまさに「人生の楽園」だった。それが、一一年の東京電力福島第一原発事故で破壊された。

 医薬品メーカーやビル管理会社に勤めていたが、田舎暮らしをするのが夢で、飯舘村の原野を購入。切り開いて、平屋建ての別荘風の家を新築し、家族より一足先に移住した。

 村は岩の産地。敷地を整地した際に無数の大きな石が出た。この石で玄関に続く階段やバーベキューコーナーを作り、伐採木でウッドデッキや薪小屋も作った。村の仲間が重機で手伝ってくれた。六年かけて「理想形の七割」ができた。この春には家族を迎えようという矢先、原発事故が起きた。

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 あれから七年が過ぎた。家の周りは除染され、放射線量は、家の中なら毎時約〇・三マイクロシーベルトと国の長期目標(〇・二三マイクロシーベルト)を少し上回る程度には下がった。

 だが、山とともに生きる暮らしは完全に壊された。家を一歩出れば、線量ははね上がり、敷地内の林では二マイクロシーベルトを大きく超える。林の土を本紙が二地点で測定したところ、一キログラム当たり一万八〇〇〇ベクレルと四万九〇〇〇ベクレルだった。厳重な分別処理が求められる基準の二〜六倍のレベル。十分の一になるまで百年かかる。

 「こんな状況じゃ孫が来たって遊ばせられない。山菜もダメ、キノコもダメ。何のための山暮らしか。もう住めない。理想の暮らしを目指して、少しずつ築いてきた年月は無駄になり、仲間は新潟や山形、東京などに移住して、離ればなれになってしまった」

 三角さんは自宅を見つめて唇をかんだ。飯舘村での暮らしをあきらめ、避難先だった福島県会津地方の下郷(しもごう)町に移住を決断。賠償金と貯金をはたいて土地を買い、生活を再建しようとしている。

 ひとたび原発事故が起きれば、何万もの人の暮らしを、根底から奪うことになる。それだけのリスクのある原発を再稼働させるのなら、事故への金銭的な備えの大幅な拡充が先決のはず。しかし、原発事故に伴う賠償の備えは現在、原発一カ所当たり千二百億円の保険しかない。これに対し、福島事故の被害額は、被災者らへの賠償金だけで七兆九千億円と国は見込む。

 事故への備えが机上の空論にすぎず、不十分なまま、原発が動きだしている。国は今後も動かすつもりだ。三角さんは語気を強めた。「福島の事故は、もう終わったというのか。忘れ去ろうというのか」 (山川剛史)

 =おわり

<エネ計画では>事故の備え いまだ「総合的に検討」

 エネルギー基本計画は、「第一に、東京電力福島第一原発事故の経験、反省と教訓を肝に銘じて取り組むことが原点」という姿勢を冒頭で示したものの、原発の再稼働路線をはっきりとこう打ち出した。「世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原発の再稼働を進める」

 事故時の賠償の備えについて、国の原子力委員会での議論は煮詰まらないまま、時間ばかりが過ぎている。基本計画では「引き続き総合的に検討を進め、必要な措置を講ずる」と、あいまいな表現にとどまった。

 

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