東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

<にっぽんルポ>東京・大久保 魅惑のアジア 別世界

新郎新婦の儀式を待ちきれず、踊りだした。在日ネパール人の結婚式=東京都新宿区大久保、ネパール料理店「東京ロディクラブ」で

写真

 ハングルまじりの看板が目立つ外の通りから、雑居ビルの薄暗い階段を上がると、そこは別世界だった。

 象が鳴くようなラッパの音や太鼓の演奏につられ、みんなが踊りだす。赤や金色の民族衣装サリーが妖しく舞う。平日の昼すぎ。在日ネパール人の結婚式が催されていた。

 コリアンタウンとも呼ばれる東京都新宿区の大久保で最近、ネパール人と彼らの店が目立つ。十年前に数軒だった店は五十軒近くに増えた。それを象徴するような、盛大な結婚式の会場となったのは料理店だった。

 「ネパールでは、きつい仕事や農作業を終えた夕方、誰かの家に集まって、歌い、踊るんだ。そうしないと一日の疲れがとれない」と、店を共同経営するマヘンドラ・バニヤさん(53)。だから、大久保にもその場を作ろうと、二年前に店を開いた。毎夜、生演奏があり、客はフロアで母国の曲に合わせて体を揺らす。

 この街は乗降客数が世界一とされる新宿駅からJR山手線で一駅の近さ。新大久保駅の東側はいわば「韓国ゾーン」、西側は「多国籍ゾーン」で、狭い路地までアジア各国の店、人が猥雑(わいざつ)にひしめく。少し歩けば世界は一変する。

 「朝鮮人をたたき出せ」。五年ほど前、ヘイトスピーチのデモが叫び、人の波は一時ひいた。今、第三波の韓流ブームで人は戻った。キーワードは「伸びるチーズ」と「インスタ映え」らしい。何が起きているのか。そんなオオクボを訪ねた。

◆夢追う若者の交差点 食・学・祈 大久保に多国籍の笑顔

大久保通りで、ビラを配って歩きながら公演をPRする韓国男性歌手グループ「AWEEK」のメンバーら=東京都新宿区で

写真

 日本人女子高生のアヤカさん(16)がぱくつき、中のチーズをにゅーっと伸ばした。それを友人がスマホで撮る。「ばえですよ、ばえ。ばえるため」と笑い、慣れた手つきで口紅を直した。その姿がこの街の奔放な空気になじむ。

 「ばえ」とは、インスタ映(ば)えのこと。チーズが伸びる、この韓国式のホットドッグは写真共有アプリ「インスタグラム」への投稿から人気に火が付いたという。

 東京都新宿区の大久保エリア。韓流ブーム第三波の今、若い女性らはこのホットドッグ店に行列をつくる。もともと韓流グッズ店を営む韓国人男性の朴〓奎(パクヨンキュ)さん(48)が昨年九月、初めて売り出した。

 この街は、新大久保駅の改札口から東に行けば、こうした韓国系の店が並ぶ。西に行けば、アジア各国の店が混在する。食材店に入ると、香辛料の匂いが鼻を刺激する。羊の脳みそ炒めやネパールマッコリを出す飲食店まである。

チーズがとろ〜りと伸びる韓国式のホットドッグを頬張る若者=東京都新宿区で

写真

 そんな食材店に来ていたバングラデシュの男子留学生アリ・ホサインさん(23)は来日二年目。近くの古いアパートで月十万円の部屋に同胞四人で住み、大学で自動車整備を学ぶ。夜はコンビニでバイトに励むが、「ほんと大変です」。レジで日本語が聞き取れず、客に商品を投げ付けられた。

 韓国料理「チーズタッカルビ」は二年前から大久保発で広がった。発案者の姜光植(カンクァンシク)さん(50)はフライドチキンの店が売れず、毎日疲れ果てて焼酎を飲み、倉庫で段ボールに挟まって寝た。「もうだめだ。韓国に帰ろう」と思い詰めていたところ、辛い鶏肉炒めに伸びるチーズを絡めるアイデアがひらめき、ついに成功をつかんだ。

 「日本に来たころ、夜は怖くて歩けなかった。細い路地は暗いし、角を曲がれば売春の女の子たちが立ってるし」。一九九二年に来日した当時の大久保を、チーズホットドッグ店の朴さんはそう振り返る。

 この大久保エリアは、町名でいえば大久保と百人町(ひゃくにんちょう)の各一、二丁目。居住する外国人は九千二百人を超え、全住民の41%を占める。

 一帯は空襲で焼け、戦後は歌舞伎町で働く人のアパートや連れ込み宿が住宅地に乱立した。八〇年代後半になると日本語学校が増え、家賃の安い古いアパートに留学生が、マンションには外国人ホステスが住み始める。九〇年代には小さな貸店舗で外国人が起業し、彼らの同胞を引き寄せた。

 新大久保商店街振興組合では、日本、韓国、ネパール、ベトナムの店オーナーらが集まる会合を隔月で開き、食べ歩きで出るごみや路上看板の問題を話し合う。「韓国の人たちは先輩でしょ。彼らがネパールやベトナムの人に結構うまくアドバイスしてくれる」と理事長の伊藤節子さん(66)。会合の後は一緒に楽しい酒を飲む。

 日本で外国人が最も多く住むのは東京で、東京で最も多いのは大久保のある新宿区だ。中国人が一万三千人、韓国人一万人。次は昨年、第三の勢力に躍り出たネパール人で三千七百人余り。これにベトナム、ミャンマー、台湾が続く。いずれもアジアの顔だ。

「イスラム横丁」近くで談笑する、ヒジャブをかぶったマレーシア人留学生ら=東京都新宿区で

写真

 五年前、街でヘイトスピーチのデモは店の看板を蹴飛ばして歩いた。だがチーズタッカルビの生みの親、姜さんは楽観する。「若い人の情報源はSNS(会員制交流サイト)に変わり、政治や既存のメディアに左右されない。おいしいものはおいしい、好きなものは好きと、来てくれるようになった」

 エスニック色の強い「イスラム横丁」に足を運んだ。頭に布のヒジャブをかぶった若い四人組がいた。工業高等専門学校で学ぶマレーシア人留学生で、ビル四階にある礼拝所に寄った後だった。

 一日に五回の礼拝を欠かさない敬虔(けいけん)な信徒だが、「学校の試験が終わったばかりなので、成績がいいようにと。何をお祈りしてもいいんですよ」と女性のナビラさん(21)。近くの神社の絵馬に「宝くじ高額当せん」と書かれた日本人の神頼みと、変わらなかった。

 歩くと、K−POP専門のダンススタジオ「KPDS」があった。中村日南(ひな)さん(20)はバイトの傍ら、レッスンに通って韓国でのデビューを目指す。「韓国のグループは歌と、動きや構成が複雑なダンスがそろって、すごい。私は今年から韓国に行って、オーディションも受けてます」。くりくりと動く瞳が力強い。

写真

 夜、駅の東側の韓国ゾーンにあるライブハウスを訪ねた。韓国でのデビューを控えた男性グループ「AWEEK(アウィーク)」が躍動している。夜のステージ後も未明まで歌とダンスの練習漬けだ。リーダーのダイルさん(25)が「大久保で成長し、デビューして戻ってくるのが目標です」と握手してくれた。

 ルーツの違う人たちが自分を信じて、好きなもの、夢を追い、交差する。異質なものが雑居し、汪溢(おういつ)するエネルギーをのみこんで街は変化し続ける。忖度(そんたく)して縮こまるなんて人生損だよ…そんな声が聞こえてきそうなオオクボである。

 (文・辻渕智之/写真・淡路久喜、神代雅夫)

 新コーナー「にっぽんルポ」では記者が街や現場を歩き、人々の営みや地域の奥深い魅力を描きます。社会問題も掘り下げます。

※ 〓は、日へんに令

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報