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【社会】

<揺れる思い 「やまゆり園」事件から2年> (上)グループホームか 新施設か

アパートの一室に集まった(左から)尾野剛志さん、妻のチキ子さん、介助者の男性、桑田宙夢さん、母の貴江子さん=東京都練馬区で

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 二〇一六年に相模原市緑区の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者十九人が殺害された事件は、二十六日で発生から二年となる。神奈川県は「事件を想起させる」として今年五月から、現地の建物の取り壊しに着手。仮移転先などで集団生活を送る百二十五人の入所者と家族は、建て替え後の施設に戻るのか、より自立性が高いグループホーム(GH)など新たな居住先を選ぶのか、大きな決断を迫られている。揺れる家族らの思いを二回に分けて紹介する。 (加藤豊大、志村彰太)

 「地域で自立した生活がどんなものか、見てみたいと思っているんです」。神奈川県座間市の尾野剛志(たかし)さん(74)は六月三十日、妻チキ子さん(76)と東京都練馬区のアパートを訪れた。事件で重傷を負った長男一矢(かずや)さん(45)の新たな生活の場を探すためだ。

 2Kの部屋には、けがを防ぐため、柱に緩衝材が貼り付けられていた。部屋で暮らすのは、一矢さんと同じく自閉症で重度の知的障害がある桑田宙夢(ひろむ)さん(22)。二年前に集団生活していた施設から移り住み、部屋に交代で泊まり込む介助者の支援を受けながら「一人暮らし」をしている。

 宙夢さんの母貴江子(きえこ)さんは「自分で選択できる機会が増えた。ストレスがなくなったからか、施設ではひどかった自傷行為がなくなりました」と明かす。介助者と一緒に散歩をし、街中で流れていた音楽が気に入れば、自宅のタブレット型端末で同じ曲を楽しそうに聞く。「地域での暮らしは刺激が多く、自分の世界を広げられる」と貴江子さん。

 尾野さんは当初、やまゆり園を大規模施設として再建し、一矢さんがそこに戻ることを望んでいた。「入所者は皆、家族同然。小規模施設に分散させてばらばらにしないでほしい」。だが、入浴や食事などの介助を受けながら一人暮らしをする知的障害者がいることを知り、「本人の可能性を広げる選択肢もある」と思うようになった。

 重度の知的障害者で一四年からやまゆり園で暮らしていた平野和己(かずき)さん(28)は五月末、横浜市のGHに移った。やまゆり園で、居住先を決めた唯一の入所者だ。一緒に家具を買い、個室に運び込んだ父泰史(やすし)さん(67)は「施設と違い、好きなように部屋を飾れるのがいいですね」とほほ笑む。

 昨年十一月以降、GHに泊まって日中は軽作業をする体験を何度かし「生き生きとした姿を見て入居を決めた」という。介助者と共に平日は、作業所まで三十分以上かけてバスで通う。

 神奈川県によると、仮移転先などで暮らすやまゆり園の入所者百二十五人のうち、約半数が五十歳以上。泰史さんは「高齢の入所者は、生活が大きく変わるGHを検討しろと言われても困惑するだろう」としつつ、「先のことを考えると、独り立ちして、社会の中で他人との関係をどう築いていくかを学ぶ必要がある」と力説する。息子にGHでの生活に慣れてもらうため、居住後は一度も顔を出していない。

 尾野さんも、一人暮らしをしている知的障害者宅の見学を続ける。住み込みの介助に対応する事業所は少なく、簡単に実現しないことは分かっている。それでも「できることは何でもやりたい」と考えている。

 「アパートで暮らすことで、親が亡くなった後も息子のことを気にかけてくれる介助者や、地域の人を見つけてあげたいんです」

<津久井やまゆり園殺傷事件> 2016年7月26日未明、元やまゆり園職員の植松聖(さとし)被告(28)=殺人罪などで起訴=が園内に侵入。起訴状によると、入所者の男女19人を殺害し、職員2人を含む計26人に重軽傷を負わせた。植松被告は検察側の精神鑑定で完全な責任能力があるとされたが、弁護側の申し立てによる再鑑定が行われている。公判の日程は決まっていない。

 

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