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【社会】

非核の遺志 継ぐ復刊 故谷口稜曄さん描いた「ナガサキの郵便配達」

2016年12月、長崎市で開かれた国連軍縮会議で、原爆の熱線で負ったやけどの写真を見せる谷口稜曄さん

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 英王室の元侍従武官故ピーター・タウンゼントさんのノンフィクション「ナガサキの郵便配達」の日本語訳が長崎原爆の日の八月九日、復刊される。長崎で郵便配達中に被爆、核廃絶を訴え続けた谷口稜曄(すみてる)さんらの姿を通じ、核の非人道性を描いた。谷口さんは原爆の熱線で焼けただれた「赤い背中の少年」の写真の被写体として知られ、昨年八十八歳で他界した。

 核廃絶を目指す国際社会の原動力となってきた被爆者は平均年齢八十二歳を超えた。記憶の風化が懸念される中、谷口さんの志を継いだ復刊で、寄付を募り版を重ねていく計画だ。タウンゼントさんの長女イザベルさん(57)=パリ近郊在住=は「平和の鎖を編むプロジェクト。谷口さんが忘れられることはない」と力を込めた。

 一九八四年に英語とフランス語で出版され、九章分短いフランス語版は邦訳されたが絶版になっていた。今回初めて「完全版」である英語版を翻訳した。長崎で一カ月近く取材したタウンゼントさんの肉声テープも多数見つかり、イザベルさんらが精査、日本でドキュメンタリー映画製作も進んでいる。

 タウンゼントさんは第二次大戦中、戦闘機のパイロットだった。英国王ジョージ六世の侍従を務めた後、ジャーナリストとして活動。後に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員を務めた谷口さんに取材を重ね、その半生と被爆前後の長崎の町を綿密に書き上げた。

 また、子供も無差別に殺傷した原爆を強く批判。投下の是非を巡るトルーマン米政権の内幕や日本の軍部が降伏を渋った状況、米英兵捕虜への虐待も含めて戦局や政治情勢も幅広く記している。

 エリザベス英女王の妹、故マーガレット王女との悲恋で知られ、映画「ローマの休日」のモデルになったといわれる。大戦中に多くの死を目にし、戦後も長く悪夢にさいなまれていたという。

 「父は市民を傷つける戦争に怒り、人間として断罪していた」とイザベルさん。復刊を計画した写真家の斎藤芳弘さん(71)は「世代を超え読み継いでほしい」と強調した。長崎原爆の日にちなみ、価格は八百九円(税別)。長崎の高校生には無料で配布したいと話している。四六判、二百六十ページ、スーパーエディション社刊。 (ウィーン・共同)

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◆1通のメールきっかけに

 原爆で焼かれた背中一面の傷を目にし、息をのんだ。一九八五年、テレビ出演のためフランスを訪問した故谷口稜曄さんがシャツを脱いだ瞬間を、イザベル・タウンゼントさんが振り返る。生死の淵からはい上がった谷口さんの非核の鮮烈なメッセージに「とても強く胸を打たれた」。

 父の故ピーターさんが谷口さんを主人公に前年出版した「ナガサキの郵便配達」。フランス語版も「焼かれ、ずたずたのスミテルの皮膚に私たちは入り込み、恐怖が自分のものになる」(フランス紙書評)と絶賛された。

 日本語訳も国語の教科書に載ったが、いつしか姿を消した。老齢で核の惨禍を語り続けられなくなった被爆者も多い。「忘却が原爆肯定に流れていくのを恐れる」と話した谷口さんだが、記憶を継ぐ「絆」もある。

 あなたはタウンゼントさんの娘ですか−。有名モデルで「郵便配達」の版権を持つイザベルさんに、谷口さんのめいの孫、白井玲奈さん(42)から一行だけのメールが届いたのは四年前。本がなくなるのを憂う谷口さんの気持ちを知った白井さんが出版許可を求めるために送ったものだった。「全てそこから始まった」と、イザベルさん。

 「郵便配達」の英語版を私的に翻訳していた元大学教授がいることも分かり、英語の初邦訳の基礎になった。八月九日の刊行を前にイザベルさんも来日の予定だ。 (共同)

<ピーター・タウンゼントさん> 1914年11月、現ミャンマーのヤンゴン生まれ。英空軍の戦闘機パイロットとして、史上最大の航空戦ともいわれるナチス・ドイツとの「バトル・オブ・ブリテン」に参戦。英王室侍従を務めていた戦後、マーガレット英王女と恋に落ちたが、かなわずに在ベルギー英大使館に異動。その後パリ近郊に移り、ジャーナリストとして戦争の犠牲になった子どもを描いた本などを多数執筆。95年6月、80歳で死去。 (共同)

 

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