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【社会】

<取材ファイル>被告へ 殺されたのは人だ

 面会室に入ってきた植松聖(さとし)被告(28)=殺人罪などで起訴=はアクリル板越しに私の方を見て、深々と一礼した。伸びた黒髪を後ろで束ね、金髪だった逮捕直後の姿からは様変わりしている。顔を上げると、町で出会えばどこにでもいそうな青年に見えた。

 相模原市緑区の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で十九人が殺害された事件から、二十六日で二年。私は植松被告に事件の意味を問うため、被告との接見を続けている元やまゆり園職員の西角純志(じゅんじ)さんとともに先月、勾留先の立川拘置所(東京都立川市)を訪ねた。

 西角さんが「事件から二年になる。十九人の命を奪ったことへの思いは」と切り出した。少し間が空いて返ってきたのは「申し訳ないと思うが、仕方ないと思います」という答え。口ぶりこそ丁寧だが、身勝手で残虐な行為を正当化していた。

 裁判で無罪を主張するか私が問うと、真っすぐこちらを見て「無罪というより『人間を殺していない』と主張したい」と答えた。「窓ガラスを割ったり職員に暴行したりしたので無罪だと言い切るつもりはない」と付け加えたものの、あくまで「殺人ではない」との見解を繰り返し示した。

 殺害した障害者は意思表示ができないので人間ではなく、だから殺人罪には該当しない−。被告の独善的な考えは全く変わっていなかった。

 植松被告の話を聞いていて思い出したのは、犠牲となった十九人のうち、昨年取材をした一人の女性のことだ。

 かつて女性がいた施設の元職員によると、その女性は知的障害のため言葉では意思を伝えられないが、職員がギターで童謡を弾き語りすると、笑顔で体を揺らした。

 夜勤明けで疲れて和室で休んでいる職員には、毛布を持ってきてくれる優しさがあった。元職員は「女性は『生きる価値のない人はいない』と身をもって示してくれた」と話していた。

 植松被告はこれまで、西角さんら事件に関心を寄せる多くの人と接見や手紙のやりとりを重ねてきた。中には障害児を持つ親もいたという。

 しかし、植松被告は接見で障害者の親について「ずっと家族として一緒に過ごしてきたから(自分の考えを理解してもらうのは)簡単ではない」と、むしろ相手に通じないことへの不満をにじませていた。他人の言葉に耳を傾けるつもりはまるでないようだった。

 せめて裁判では遺族らの声を聞き、あなたが奪ったのはかけがえのない人の命だったと気付いてほしい−。そう思いながら三十分の接見を終えた。(加藤益丈)

 

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