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【社会】

<「やまゆり園」事件から2年>19人の人柄伝えたい 元職員が遺族ら関係者に聞き取り

追悼式の会場で、植松被告とやりとりをした手紙を手に話す西角純志さん=23日、相模原市南区で

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 相模原市緑区の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で二〇一六年七月、入所者十九人が殺害された事件で、同園元職員の西角純志(にしかどじゅんじ)さん(53)が犠牲者の人柄などを多くの人に伝えようと、関係者に聞き取りをしている。二十三日に市内で開かれた追悼式にも出席。「なぜ彼らは殺されなければならなかったのか」を問いながら、答えを探し続けている。 (井上靖史)

 「私は被害者も遺族も、施設のことも知っている。事件を教訓にするため、記録を残す立場にいると思った」。事件前の〇一〜〇五年に同園で勤務した西角さんはおととし秋、専修大で講師として社会思想史を教える傍ら、元職員や遺族らへの聞き取りを始めた。

 「世話好きで他の入所者の布団まで敷いていた」「囲碁や将棋が好きで、毎週日曜日のテレビ番組を見ていた」。自身の記憶に残っているのは、彼らの何げない日常だ。

 関係者への聞き取りでも「他の居住棟の洗濯物が交じっていると教えてくれた」「家族がうわさ話をしていると、耳元に右手を当て『聞いているよ』というしぐさをし、分かっているようだった」など、犠牲者の暮らしぶりや人柄がにじみ出るようなエピソードを耳にした。

 植松聖(さとし)被告(28)=殺人罪などで起訴=はそうしたささやかな生活を、一瞬にして奪い去った。

 手紙のやりとりを続けていた植松被告とは今年一月から六回、勾留先の立川拘置所(東京都立川市)などで接見。植松被告は事件を起こした理由に、国の借金が増え、社会保障に充てる財源が逼迫(ひっぱく)していることを挙げた。障害者がいなくなれば、そうした状況が改善されるという理屈だ。

 一方で、ナチス・ドイツが進めた障害者排除の政策や、家族らなら意思疎通ができる重度の知的障害者もいることを知らないなど、深く考えた犯行ではないことも分かってきた。先月下旬の面会では「自分の味方をする人がいるわけがないと最近は思う。甘かった」と話し、心境の変化も見せるようになった。

 西角さんが聞き取りをしたのはこれまで数十人に上る。「植松被告は、やまゆり園で働くようになってから差別思想を募らせたと答えている。ただ、全体の流れはほとんど見えていない。十九人の死を無駄にしないためにも、聞き取りは続けていく」と訴えた。

 

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