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【社会】

オウム事件 将来は資料館を 高橋シズヱさんインタビュー

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 一九九五年の地下鉄サリン事件で霞ケ関駅助役だった夫の一正さん=当時(50)=を殺害された高橋シズヱさん(71)=写真、岩本旭人撮影=が、本紙のインタビューに応じた。事件から教訓を学ぶために、「刑事裁判の記録や資料をいつでも、誰でも閲覧できるような資料館のようなものがつくれないかなとも考えています」と語った。 (編集局次長・瀬口晴義)

 麻原彰晃(しょうこう)元教団代表=死刑執行時(63)、本名・松本智津夫(ちづお)=らオウム真理教元幹部らの刑事裁判の記録などを永久に保存する法務省の方針が明らかにされたことに「すごくよかった。必要だと思うことは繰り返し要請していくことが大事だなと思いました」と歓迎した。

 地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人の高橋さんは被害者参加制度で出廷した数も入れると、五百回以上、法廷で証言を聞き続けた。死刑執行で、真相が解明されずに終わったという指摘に対して「麻原は弟子のせいにして語りませんでしたが、ほとんどの弟子はちゃんとしゃべっている。なぜ事件が起きたかという構造は、刑事裁判でほぼ明らかになったと思う」と指摘した。

 毒物学の世界的権威である研究者が中川智正元死刑囚=同(55)=に面会し、サリン生成方法を聞き出すなど米国の関係者は新たなテロ防止に積極的に動いた。高橋さんは「日本の化学の専門家が死刑囚から話を聞き、テロ防止情報として他国に提供するぐらいやってもよかった」と述べ、テロ防止に対する日本の関係者の姿勢に疑問を呈した。

 事件後、犯罪被害者の支援活動に奔走し、権利拡大に尽力した。一つ一つ壁に穴をあけてきた、という。「事件を通じて出会った多くの人たちから学び、新しい人生が始まっていると感じる」と語り、PTG(ポスト・トラウマティック・グロース)という心理学の新しい考え方に共感しているという。

<地下鉄サリン事件> 1995年3月20日午前8時ごろ、オウム真理教元代表の麻原彰晃元死刑囚らが共謀し、警視庁や中央官庁が集まる営団地下鉄(当時)霞ケ関駅を通る3路線5車両で猛毒のサリンをまいた。乗客と駅助役の13人が死亡、6000人以上が重軽症を負った。国内では最悪の被害を出した無差別テロ事件。関与した教団幹部10人の死刑が執行され、4人の無期懲役が確定している。 

 

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