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【社会】

日航機墜落33年 慰霊登山 「事故繰り返され胸痛い」520人に祈り

 乗客乗員五百二十人が亡くなった一九八五年の日航ジャンボ機墜落事故から三十三年の十二日、遺族らが墜落現場となった群馬県上野村の「御巣鷹(おすたか)の尾根」に慰霊登山した。麓の「慰霊の園」での追悼慰霊式では、墜落時刻の午後六時五十六分に遺族や日航幹部らが黙とうし、五百二十本のろうそくに火をともして追悼した。

 群馬県では十日に九人が死亡する防災ヘリコプター墜落が起きたばかりの節目。航空事故が後を絶たない現状に「繰り返されるたびに胸が痛くなる」との声も上がった。

 遺族らは午前十時半ごろから墜落地点の「昇魂之碑(しょうこんのひ)」の前で黙とうし「安全の鐘」を鳴らして空の安全を祈願。奈良県御所市の自営業田仲威幸(たけゆき)さん(68)は妹仁美さん夫婦と生後間もないめいを亡くし「体が動く限り、お参りしたい。遠くに行ってしまったと納得するには二十年以上かかった」と線香を手向けた。

 十日のヘリ事故について「人ごとのように考えられない」と語ったのは、夫良平さん=当時(43)=を失った北海道岩見沢市の村上須美子さん(71)。「悲しみは三十三年前から変わらない。家族みんなで報告にきたことを夫は喜んでくれていると思う」と目を赤くした。

 女優の長女由美子さん=当時(24)=を亡くした東京都大田区の吉田公子さん(84)はつえを手に尾根へ。「娘はいつも心の中にいるけど、八月十二日にここに来ると、近くに来られた気がする。毎年きついが、できる限り登り続けたい」と遺品のタオルで汗を拭った。

 遺族らの高齢化が進み、登山を体力面で懸念する声もある中、今年七月には段差の大きい登山道の階段に切り株状の補助階段が取り付けられた。

 日航によると、今年慰霊登山した遺族は八十二家族二百七十二人。午後には四月に就任した赤坂祐二社長も昇魂之碑に献花し、報道陣に「責任を改めて感じた。航空の安全を守っていきたい」と語った。

 事故では出張の会社員やお盆の帰省客が犠牲となり、歌手の坂本九(きゅう)さん=当時(43)=ら著名人も亡くなった。

<日航ジャンボ機墜落事故> 1985年8月12日午後6時56分、乗客乗員524人を乗せた羽田発大阪行き日航123便ジャンボ機が群馬県上野村の山中に墜落し、520人が死亡した。死者数は単独事故では世界の航空史上最悪。87年、当時の運輸省航空事故調査委員会は、78年に起きた尻もち事故で圧力隔壁の修理にミスがあったことが原因と結論付けた。群馬県警は業務上過失致死傷容疑で米ボーイング社や日航、運輸省の計20人を書類送検したが、全員不起訴となった。

 

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