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【社会】

<にっぽんルポ>宮城・女川 復興奏でる東北の匠

宮城県女川町の海を背にエレキギター「SWOOD(ソード)」を持つ梶屋陽介さん

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 東北新幹線・仙台駅からJR石巻線などを乗り継いで約一時間半。女川駅に降り立つと、レンガの並木道が真っすぐ海へと延びていた。東日本大震災の津波で中心街が壊滅した宮城県女川町に、にぎわいを取り戻そうと二〇一五年に整備された新商店街「シーパルピア女川」だ。

 しゃれたカフェや店が並ぶ商店街の一角に、梶屋陽介さん(35)が経営するギター製造・販売会社の工房がある。音質、デザインにこだわった高級エレキギター「SWOOD(ソード)」を送り出し、ギター市場に参入した。

 梶屋さんはソードを手に、レンガ道の先にある女川港を案内してくれた。静かな海を見つめていると、ここが七年前に壊滅した町だと忘れそうになる。ソードのネックを触りながら梶屋さんは言った。「被災地発のギターであることはセールスに絡めない。でも、事業を成功させ、結果的に町に貢献できればいい」

 ソードには、被災地・東北の技術の粋が詰まっている。ボディーとネックは、三陸沿岸に伝わる宮大工「気仙大工」の技でつなぐ。金具を使わずに一体感を増し、音の鮮明さを引き立てた。弦をボディーに固定する金具のテールピースは、岩手県釜石市で生まれた新合金製で、伸びやかな音を生みだす。

 「すごいギターが女川で作られている」。そんな口コミが広がって、一六年三月にオープンした工房は、ギターファンが見学に詰めかけるようになった。

セッショナブルの工房。壁越しにギターの修理や製造の様子を見学できる=宮城県女川町で

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◆工房見学に多数

 「かっこいい。ブルーのボディーが光り輝いている」。家族と観光で女川町を訪れ、梶屋陽介さんの工房に立ち寄った山形県尾花沢市の三浦蒼代(そうだい)君(13)は、壁に掛かった高級ギター「SWOOD(ソード)」に目を奪われた。「僕も将来弾いてみたいな」

 百平方メートルほどのギター工房は通りに面して来客用通路があり、色とりどりのギターや製造の様子を見ることができる。社員の川崎成将さん(25)は「土日は、一日に数十人が見学に訪れることもありますよ」と教えてくれた。

 梶屋さんもギター少年だった。鹿児島の種子島出身。小学生でギター、中一でエレキを手にした。大手楽器店に就職し、楽器店の激戦区とされる東京・御茶ノ水の店舗で、月百本以上のギターを売り上げる辣腕(らつわん)営業マンだった。

 転機となったのが二〇一一年三月の東日本大震災。手軽に楽しめるウクレレをメーカーから無償提供してもらい、被災地の幼稚園や小学校に届けるボランティアなどを続けるうちに、ギター製造・販売で起業し、復興に貢献できないかと考えるようになった。

 「女川でやってみたら」。ボランティアで知り合った女川町のNPO法人アスヘノキボウの小松洋介代表理事(35)から促され、一四年三月、須田善明町長らに事業計画を説明する機会を得た。

 約二十メートルの津波に襲われた女川町は住宅の約七割が流失し、住民八百人以上の犠牲者が出た。人口が震災前の約一万人から約六千五百人にまで減った町の再生に、元気な企業の誘致は欠かせない。

 須田町長らの反応は、梶屋さんの予想を超えるものだった。「町長が『町にギター工房ができるのか』と興奮する様子を見て、ここならいいギターができると直感しました」。妻と移住し、同年六月、ギター製造・販売会社「セッショナブル」を設立した。

蟻組みについて説明をする小泉木工所の中村多一さん=岩手県陸前高田市で

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◆気仙大工の気概

 ソードは日本刀(SWORD)のイメージと、使用する国産木材(WOOD)のぬくもりが、その名前に込められている。価格は百二万円と七十五万円の二種類。理想の音質に仕上がるまでに一年半かかった。支えになったのは、技術の確かな東北の職人たちだ。

 岩手県陸前高田市にある小泉木工所。梶屋さんの工房で成形したギターのボディーとネックはここに運び込まれ、この道四十五年の気仙大工中村多一さん(59)の手で一体となる。

 梶屋さんが中村さんにたどり着いたのは一五年春。「従来のギターでは、ボルト留め、のり付けの接合が主流。気仙の技術で何か新しいことはできませんか」と尋ねると、中村さんは「蟻(あり)(組み)だったら、ネックを(ボディーに)差せるかな」と引き受けた。ギターの仕事は初めてだったが、「気仙大工は何でもつくるのが伝統」という気概があった。

 蟻組みは、くぎなどの金具を一切使わずに木を接合する難しい技術。全国の職人が腕を競う技能グランプリで優勝したこともある中村さんだからこそ、ピタリと固定できる。

 中村さんは震災で自宅と工房が津波にのまれた。工房は再建したが、今も仮設住宅で暮らしている。「壊れる工房を見て立ちすくんでしまい、津波にさらわれてしまった。引き波の時に松の木につかまり九死に一生を得ました」。気仙大工を育んだ三陸沿岸部は人口流出が続く。中村さんには「ギターを通じて、気仙大工の若い担い手が入るきっかけになれば」という思いもある。

JR女川駅前の新商店街「シーパルピア女川」。奥の女川港近くまで、レンガ道が真っすぐ延びている

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◆女川への恩返し

 「面白い楽器会社がある」。岩手県釜石市の金属加工販売「エイワ」の開発営業課長、山崎雅広さん(37)が、取引先からセッショナブルを教えられたのは一五年秋。

 山崎さんは、自社で製造する合金コバリオンを使って、ギターの弦をボディーに固定するテールピースを試作した。「製品の用途を探していたところで、梶屋さんに試奏してもらいました」

 コバリオンは、東北大学金属材料研究所が開発した東北生まれの新合金。強度の高さが特徴で、振動の減衰率が低い。梶屋さんは「ソードの音の伸びと厚みを高めることができる」と新ギターへの搭載を即決した。

 山崎さんも津波で自宅を失い、一昨年に自宅を再建するまで仮設暮らしだった。「被災地から、東北の技術が世界に発信されるのがうれしいんです」

 セッショナブルは、社員六人の小さな会社だが、視野に入れているのは世界市場だ。インターネット通販で、中古ギターも含め売り上げの四割は北米など海外で占める。

 町の期待も大きい。梶屋さんを女川町に導いたNPO法人アスヘノキボウの小松代表理事は「小さな町からでも世界に立ち向かえる姿が、ほかの事業者の意識を高めている」と語る。

 工房の一角で、梶屋さんはソードを手に取り、アンプにつながないまま弦を指ではじいた。ギターに詳しくない記者にも、深みのある、いい音だと分かった。

 「僕は被災者ではないし、食品などと違ってギターは地域性が出にくいから、『復興』を商品のコンセプトにはしていません。でも事業を拡大して、『被災地ですごいギターが作られている』と世界でも評判になれば、僕たちを受け入れてくれた町への恩返しになるのではないでしょうか」

 (文・山本哲正/写真・圷真一、山本哲正)

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