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【社会】

関東大震災の報道写真、改ざん多く 遺体写さぬよう配慮か

(上)1923年9月、捏造写真の基になった皇居前広場に避難した群衆。背景に皇居が写っている=報知新聞撮影(下)群衆写真の背景を描き変え、被服廠跡惨事直前の写真のように捏造された絵はがき=いずれも東京都慰霊協会提供

写真

 一九二三(大正十二)年九月一日に発生した関東大震災の報道写真の中に、捏造(ねつぞう)や改ざんされたものが数多くあることが、東京都復興記念館(東京・両国)と共同通信社の過去五年間の調査で明らかになった。東京・本所の陸軍被服廠(ひふくしょう)跡とされる写真や摂政宮(後の昭和天皇)の巡視姿の写真などが含まれ、国内外の論文や著作に引用されてきた。

 遺体が積み重なる被服廠跡の写真を載せた新聞社が、警察当局から発禁処分を受けたため、遺体が写っていない捏造写真が出回ったとみられる。

 被服廠跡には、周辺住民数万人が避難した。間もなく火災旋風が群衆を襲い約三万八千人が死亡。猛火に包まれる前に撮影したとされたのが「被服廠跡惨事直前写真」だ。避難を終えて一息つく家族や家財道具などが写っている。

 ところが、調査の結果、皇居前広場の避難者の写真を加工したものだと判明した。基になったのは報知新聞が皇居前広場を撮った三枚組みの写真。このうち右端の写真に誰かが手を加え、背景の皇居を炎と煙に描き変えていた。写真は絵はがきとなり、大量に流通した。

 震災一年後、中央気象台の「関東大震災調査報告−気象篇」がこの写真を掲載。米国の視覚文化研究者ジェニファー・ワイゼンフェルド氏の著書「関東大震災の想像力」にも同種の絵はがきが、別の本から転載されている。

 摂政宮が銀座を巡視する写真には街灯が貼り込まれていた。騎馬にある影が、街灯にはないことから分かった。

 火災で発生した積乱雲の写真に、地震発生時刻の十一時五十八分で止まった時計がある中央気象台観測塔を貼り込んだ合成写真も見つかっている。

 

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