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【社会】

赤羽の酒、埼玉で第二章 23区最古「小山酒造」撤退

小山酒造から受け継いだ「丸眞正宗」を手に話す小寺宏明さん=さいたま市西区の小山本家酒造で

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 東京二十三区で唯一、戦前から続いていた東京都北区・赤羽の酒蔵「小山(こやま)酒造」が二月末、清酒製造から撤退した。百四十年の酒造りの歴史には幕が下りたが、多くのファンに愛されている代表銘柄の「丸眞正宗(まるしんまさむね)」は、オーナー家が遠縁に当たる、さいたま市西区の酒蔵「小山(こやま)本家酒造」が継承。その歴史に新たな一ページを刻み始めている。 (中村真暁)

 小山酒造の以前のホームページなどによると、小山酒造は、現在の小山本家酒造に当たる造り酒屋で生まれ育った初代小山新七が、一八七八(明治十一)年、良質な水が流れる当時の岩淵本宿で創業。長く地元の赤羽地区で愛されてきた。丸眞正宗の名称には「まるまる本物」の意味と、名刀の「正宗」になぞらえた「切れのいい後味」の意味が込められているとされる。

 しかし、最近は酒造業の赤字が続いていたといい、小山周(しゅう)社長は取材に「人手不足もあり、続けるには採算が合わなかった」と明かした。それでも「百四十年間この地で続けてきた。(ここで造られた酒を)残したかった」と昨年十二月、商品の継承などを小山本家酒造に相談した。

 本家酒造は丸眞正宗を受け継ぎ、四月に全国で発売。荒川水系の天然水を使い、従来の切れに、華やかな香りとフルーティーな味わいを加えた飲みやすい仕上がりになったという。商品開発部長の小寺宏明さん(44)は「以前と同等か、それ以上の品質になった。地元のお客さまを大切にしながら、さらに広めていきたい」と意気込む。

 小山酒造の事業撤退で、都内の酒蔵は九蔵となり、二十三区内では二〇一一年に開業した港区の一蔵だけとなった。葛飾区の「区郷土と天文の博物館」によると、二十三区内には明治後期に、酒蔵などの酒類業者が六十ほど存在したが、酒税制の変更に追いつけず、さらに、都心の開発が進むなどして減少したという。

 近年、脚光を浴びる蔵元も一部にはあるものの、酒蔵の経営環境は厳しい。都酒造組合(立川市)によると、人口減少やライフスタイルの変化で、全国的に日本酒の消費量が減っているという。小山酒造の撤退について、岩田茂事務局長(68)は「地域に根付いてきた歴史がある。寂しいのひと言」と話した。

 

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