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【社会】

悲劇の頂、眼前に 御嶽山噴火4年 遺族初登山

御嶽山噴火後、初めて山頂に立った遺族ら=26日、長野・岐阜県境で、本社ヘリ「あさづる」から

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 二〇一四年九月二十七日の噴火で五十八人が死亡、五人が行方不明となった長野、岐阜両県の御嶽山(おんたけさん)(三、〇六七メートル)で、噴火から四年を前に犠牲者の遺族ら約三十人が二十六日、慰霊登山をした。麓の長野県木曽町が午前十時半に山頂付近の登山道の規制を解除し、噴火災害後初めて山頂に立った。

 遺族らは山頂で慰霊式を行い犠牲者に黙とうをささげた。「この悲劇を風化させることは許されません」と記された慰霊碑も新たに設置された。

 被災者家族会「山びこの会」の事務局代表シャーロック英子(ひでこ)さん(59)は「四年間待ちに待った。今までは写真を見て想像するしかなかったが、実際にその場所に行けることは遺族にとって大事なこと」と強調。石像などが壊れた山頂の様子を目の当たりにし「山頂に立ってみて、当時の悲惨さが伝わってきた」と話した。

御嶽山山頂に設置された避難シェルター

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 噴火後、犠牲者の多くが見つかった山頂周辺は立ち入りが規制された。木曽町は約九十人が避難できるシェルターや登山者向けの屋外スピーカーを設置するなど安全策を強化し、規制を解除した。対象は九合目付近から山頂までの約六百メートル。今季、山頂に登れるのは十月八日正午まで。麓の長野県王滝村や岐阜県から山頂に通じる登山道は規制が続いている。

 御嶽山は噴火警戒レベルが最も低い1の状態で噴火し、犠牲者数は戦後最悪となった。一部の遺族らは、噴火直前に火山性地震が増えていたのに噴火警戒レベルの引き上げを怠ったなどとして、国と長野県に損害賠償を求めて提訴し、長野地裁松本支部で係争中。

 

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