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【社会】

消える築地 愛着の名は

 世界最大級の魚市場で知られる築地市場(東京都中央区)は来月六日、閉場する。「魚河岸」という通称や、店の名前、最寄りの駅名−。一九三五年の開場から八十三年の歴史を感じさせるさまざまな呼び名も、閉場とともに消えるのか。 (神野光伸)

1960年代の築地市場。輸送船で運ばれたマグロが水揚げされ、桟橋で取引されていた=築地魚市場銀鱗会提供

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◆うおがし【魚河岸】

 「うおがし【魚河岸】東京都中央卸売市場本場(築地市場)魚類部の通称」。広辞苑最新版に記されるほど、築地の魚市場=魚河岸の名は定着した。前身の日本橋魚市場は江戸時代初期に生まれ、当時から「魚河岸」と呼ばれたという記録が残る。「河岸」は、船荷を水揚げする場の意味だ。

 築地市場でも以前は、船から下ろした魚を桟橋で取引していた。陸上輸送が主流の現在は、そうした光景は見られない。それでも、市場関係者は、今も築地を「河岸」と呼ぶ。

 豊洲にも桟橋はあるが、そこを魚の取引に使う予定はないという。つまり、河岸はない。「移転後の豊洲は『魚河岸』とは呼べない。この呼び名は築地まで」。築地市場に関する資料を管理してきたNPO法人「築地魚市場銀鱗(ぎんりん)会」事務局長で、自身も水産仲卸で働いた福地享子さんは話す。

 ただ、豊洲への移転を決めた仲卸業者の男性はあっけらかんと言う。「『豊洲』っていっても、ピンとこねぇなあ。これまで当然のように(築地を)『河岸』って呼んできたんだから、豊洲も『河岸』でいいんじゃない?」

吉野家の築地1号店=木口慎子撮影

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◆いちごうてん【1号店】

 市場内の飲食店街にある牛丼チェーン店「吉野家築地店」。吉野家は、ここを会社創業地と位置づけ、「築地一号店」と呼んで公式ホームページでも紹介している。一八九九年、築地市場の前身である日本橋の魚市場に個人商店として開いた店を築地開場に合わせて移転させた。移転後に法人化し、同社の礎となった。

 築地市場の閉場で、豊洲市場へ再び店を移す形になるが、新しい「吉野家豊洲市場店」には「一号店」のような呼び名は付けない。「会社として創業した場所ではなくなる」(同社広報担当者)からだ。

 同社では二年前、築地市場近くの波除(なみよけ)神社に石碑を建立。この地に「一号店」があったことを刻んでいる。

築地市場移転後も名前が変わらない都営地下鉄の築地市場駅=内山田正夫撮影

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◆しじょうえき【市場駅】

 築地市場正門脇に、都営大江戸線「築地市場駅」入り口がある。二〇〇〇年の開通とともに開設、市場関係者の足として親しまれてきた。都交通局によると、閉場後の駅名変更は「現時点では検討の俎上(そじょう)に載ってすらない」という。

 移転後の築地跡地は、二〇年東京五輪中に選手らを送迎する車の駐車場として整備する方針だが、その後の具体的な再開発は未定。「今の駅名は地元で定着している。跡地利用の計画が見えない中で安易に変えられない」と担当者は話す。

 市場の豊洲移転後も築地で営業を続ける商店街「築地場外市場」の名称もそのまま残る。場外市場の業者らでつくる実行委員会が実施した名称選挙の結果を踏まえ、今の名称を使い続けることが決まった。

 

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