東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

築地魂 豊洲でも

 6日に営業を終えた築地市場(東京都中央区)は、日本の食文化を支える業者たちの誇りを育んだ場所だ。市場とともに歴史を刻み続けた業者の多くはこの日、愛着を深めた店舗に別れを告げ、移転先の豊洲市場(江東区)へと引っ越しを本格化。期待と不安を胸に歩み始めた。 (神野光伸)

築地市場での最後の営業を終え、手締めする鮮魚仲卸業「亀谷」の亀谷直秀社長(左端)ら=6日午前10時17分、東京都中央区で

写真

◆鮮魚仲卸業「亀谷」社長・亀谷直秀さん 食の安全をさらに追求

 イヨー、シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン! 築地伝統の「魚河岸一本締め」が、鮮魚仲卸業「亀谷(かめたに)」の売り場に響いた。「歴史ある市場で働けたことを誇りに思う。悲しい、寂しい、よりも新しい市場でしっかりやっていけるよう考えていこう」。二代目社長の亀谷直秀さん(58)は最後の営業を終えた六日午前十時すぎ、輪になった約二十五人の従業員に呼び掛けた。

 大学卒業後、父が六十年前に創業した亀谷に就職。時はバブル景気前。魚は売れに売れた。毎日が年末のようににぎわっていた。

 アジ、サンマ、ブリ…。「うまい」と思う魚だけを売ってきた。同業者や魚に詳しい客とのやりとりを重ね、目利きの技を養った。「築地は僕の先生。ここで一人前になれた。『築地ブランド』って、人なんだ。そこで働き、うまい魚を提供してきた人なんだ。豊洲に場所を移してもブランドは変わらない。市場で働く人たちは変わらないから」

 世界に誇れる食文化をつくった築地は今、消費者のニーズに十分に応えることができているのだろうか。亀谷さんは自問する。「築地の衛生管理は何十年前ものレベル。今のままでいいわけがない。客が今一番求めているのは食の安全・安心。それを提供するのが僕らの仕事だから。市場も変わらないと。一番大切なことを忘れちゃいけない」

引っ越しの準備をする「伊藤ウロコ」の伊藤嘉奈子さん=6日午前10時55分、築地市場で

写真

◆ゴム長靴「伊藤ウロコ」専務・伊藤嘉奈子さん 足元しっかりと守る

 市場内の飲食店街「魚がし横丁」にある「伊藤ウロコ」は、市場関係者御用達のゴム長靴専門店。「ずっと一緒に頑張ってきたね。お疲れさま。本当にありがとう」。築地での営業を終えた専務の伊藤嘉奈子さんは、市場の歴史と一緒に年を重ねた店をねぎらった。

 日本橋に魚市場があった一九一〇(明治四十三)年、げた商として創業。商売と水の神様の化身「白蛇」のウロコを模した白い逆三角形を、膝部分に刻む長靴は、ウロコ製の証し。滑りにくく、しゃがんでも足首に負担がかからない。魚脂の上を歩くことも多い「河岸の衆」の定番になった。

 伊藤さんが幼少のころ、三代目の父親の店を訪れると、番頭や市場で働く人たちが温かく迎えてくれた。築地は、市場関係者と伊藤さんを家族のようにつなげる特別な場所だった。

 父が急死し、広告出版会社を退社、二〇〇〇年に家業を継ぎ、昔かたぎの男ばかりの市場で、四代目の母と店を切り盛りした。「あしたから、この店のシャッターを開けることができないと思うと…」と涙ぐむ。

 豊洲でも、ウロコ印の長靴は河岸の衆の足元を支えていく。「築地のようににぎわうのだろうか。新しい場所でのスタートだから今は心配ばかり。市場で働く人たちの足元を守ってきた先代からの思いを、しっかり受け継いでいきたい」

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報