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【社会】

豊洲、初競り 築地から移転、2年遅れ開場

豊洲市場が開場し、初めて行われたマグロの競り=11日午前6時1分、東京都江東区で(内山田正夫撮影)

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 築地に代わる東京の中央卸売市場として、十一日午前零時に開場した豊洲市場(東京都江東区)では早朝、マグロの初競りなどが行われ、取引が始まった。日本の台所と呼ばれた築地の食文化を引き継ごうと、関係者が活気に満ちた表情をみせた。六日に営業を終えた築地市場(中央区)では十一日朝、都が解体工事に着手した。 (石原真樹)

 豊洲市場は二〇一六年十一月の開場予定だったが、小池百合子都知事が安全性への懸念などを理由に延期。その後、土壌汚染対策の盛り土がないことなどが判明し、対策工事によって約二年遅れの開場となった。

 十一日未明、豊洲市場の正門前や周辺では、産地からのトラックで渋滞が起きた。マグロの競りは午前五時半から水産卸売場棟で始まり、冷凍マグロと生マグロは計千七百三十三本が取引された。最高値は青森県三厩(みんまや)産の四百二十八万円(二一四キロ)で一般的な価格。生ウニは一箱二十万円で取引され、築地市場で史上最高値だった六日の十六万円を上回った。

 マグロ卸売場では、冷凍マグロの一部が溶けるトラブルも。温度設定では一〇・五度まで下げられるが、実際は一部の温度計で一四・五度だったという。豊洲は大型倉庫のような建物が並ぶ「閉鎖型」で、最新の設備で温度と衛生管理ができるのが特長。豊洲市場協会の伊藤裕康会長(83)は「ファンの向け方(による風向きの加減)かな。予定したよりもちょっと高かった」と改善の必要を認めた。

 競りに先立ち、水産卸売会社「大都魚類」の網野裕美(ひろみ)社長は「築地を上回るような豊洲ブランドを構築しよう」とあいさつし、関係者で一本締めをした。伊藤会長も「豊洲は広すぎるかと思ったが、荷物がどんぴしゃりで収まった。思っていた以上に順調に開場できてホッとした。国際的に通用する市場にしたい」と報道陣に述べた。

 築地市場では午前八時から解体工事が始まった。豊洲市場へのアクセスルートとなる環状2号は、築地跡地を通る豊洲−新橋間が未開通。都は築地の解体工事を急ぎ、一カ月以内に暫定開通させる方針だ。

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◆流通激変、多難な船出

<解説> 築地市場の移転構想が浮上したのが一九六〇年代。半世紀の曲折を経て、豊洲市場が開場を迎えた。この間、日本の流通環境は大きく変わってきた。築地に代わる東京の中央卸売市場は、欧米への輸出に必要な国際安全規格を満たし、生き残りを模索。市場機能そのものが岐路に立つ中での課題多い船出となった。

 全国に六十四ある中央卸売市場の中でも、全国から食材が集まり、水産では世界最大級とも言われる築地は特別だ。ある水産仲卸業者は「多彩な食材を一カ所に集めて、安定的に流通させてきたからこそ、世界に誇る食文化が、築地から生まれた」と誇る。

 しかし、物流は激変している。産地直送やインターネットなど市場外の取引が増え、全国の水産物流通量のうち、中央卸売市場を経由する割合は、三十年前の七割超から五割程度に縮小し、市場の統廃合も進む。

 敷地面積で築地の一・七倍に上る豊洲は、輸出増を念頭に設計され、累計で約五千七百億円を投じた。温度・衛生管理を強化し、低温下で鮮魚などを扱える。築地にはなかった、練り物などの加工食品を作る専用施設も新設した。

 だが、「これほど大きな市場が今の時代に必要か」と、疑問視する仲卸も少なくない。水産物取扱量が減り、仲卸は苦境に立たされている。築地だけでも、仲卸の数は昭和二十年代半ばの千六百超から五百超と、三分の一まで減った。六月に成立した改正卸売市場法で、卸の市場外業者との取引、仲卸の産地からの直接入荷を可能にしたが、競争力の弱い業者は淘汰(とうた)される可能性もある。

 仲卸や卸の使用料収入で成り立つ中央卸売市場の経営は苦しく、豊洲市場も年約九十億円(減価償却費含む)の赤字が見込まれる。持続的な市場運営には収支改善が急務だ。土壌汚染対策の継続や観光拠点の整備など、築地に代わる新たな「豊洲ブランド」の構築には、多くの課題が待ち受けている。 (神野光伸)

 

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