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【社会】

仁徳陵、初の共同発掘 来月下旬、調査報告

百舌鳥古墳群にある大山古墳(仁徳天皇陵)=堺市で

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 宮内庁は十五日、仁徳天皇陵として管理する堺市の大山(だいせん)古墳に関し、保全整備の一環として行う発掘調査を、今月下旬から初めて堺市と共同で実施すると発表した。宮内庁は、陵墓への部外者による立ち入りや調査を「皇室の祖先の墓であり、静安と尊厳が必要」として厳しく制限してきた経緯があり、前例のない画期的な試みだ。大山古墳は周濠(しゅうごう)の水による浸食が激しく、発掘は補修工事に向けた事前調査となる。

 宮内庁が管理する陵墓は、貴重な文化財でもあり、学会などから外部の知見も調査に取り入れるべきだとの声が以前から上がっていた。日本最大の前方後円墳の大山古墳は過去に見つかった埴輪(はにわ)の年代などから、仁徳天皇陵ではないとの説が有力だが、宮内庁幹部は「今回の共同調査は仁徳陵の指定を変更するためではない」としている。

 陵墓を管理する同庁書陵部の担当者は「陵墓は長年、地元の力で守られてきた。より一層適切な管理をしていくため、地域の協力が欠かせないと判断した」と説明した。

 二〇一六年六月、当時の河野太郎行政改革担当相(現外相)が、政府が進める国有財産の開放施策の一環で現地を視察し「墳丘は周濠の水によって少しずつ浸食されている。古墳群を守るためにも墳丘の現状などを調べ、成果を速やかに公表したい」と発言。従来の調査や管理体制に一石を投じたこともあり、宮内庁が堺市と協議を重ねていた。

 宮内庁の調査チームに、堺市から近隣の古墳や遺跡の調査経験がある一人が加わる。墳丘ではなく、三重に巡る周濠の一番内側の堤を三カ所発掘する。一九七三年の宮内庁の調査では、同じ堤で埴輪が見つかっており、今回も埴輪の位置を確認し、工法の検討に役立てる。成果は十一月下旬に発表するが、一般公開は実施しない。堺市の担当者は、調査後の遺物整理や調査報告書の作成まで携わる。

 宮内庁は来年度、共同調査の結果を専門家と検証し、二〇年度から順次、堤を堺市と調査する。他の陵墓でも必要があれば地元自治体に調査協力を要請する。

 

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