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【社会】

安田さん解放か 「本当に」母感涙 不明3年余無事祈り

2015年6月、シリアに越境する直前に、安田純平さんがトルコから共同通信記者に送ってきた写真

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 内戦が続く中東シリアを取材していたジャーナリスト安田純平さん(44)が、二〇一五年に行方不明になってから三年四カ月、最悪の事態は避けられた。二十三日深夜、菅義偉官房長官は緊急記者会見で「安田さんとみられる男性が武装勢力から解放された」と発表。無事を祈っていた家族は泣き崩れ、友人たちからは安堵(あんど)の声が漏れた。 (加藤木信夫、荘加卓嗣、片山夏子、松尾博史)

 「本当だったらこんなにうれしいことはない。ずっと待っていた」。安田さんの母幸子さんは二十四日午前零時すぎ、埼玉県入間市の自宅玄関先で報道各社の取材に涙声で応じた。解放情報は二十三日午後十一時ごろ、安田さんの妻Myu(ミュウ)さんからの連絡で知ったという。

 本紙の電話取材には「ゆっくり(解放情報を報じる)テレビを見たいけど、方々から電話がかかってきて見られない」と話し、「信じられない」と何度も繰り返した。「ずっと眠れなかった。今も喉がカラカラ。顔を見るまで心配だけど、本当に信じて良いのかしら」と泣き崩れた。

 二〇一五年六月、シリアに入った安田さんと連絡が取れなくなった。この三年四カ月の間、幸子さんは「純平、純平って一生分名前を呼んだ」という。

 今年七月下旬、安田さんとみられる男性が銃を構えた男二人の前に座り、「今すぐ助けてください」と訴える映像がインターネット上に公開された。

 「何もしていない時間が苦しい。祈ることしかできない」と無事の解放を祈って折り鶴を折り続け、手はけんしょう炎に。願いを込めた星の飾り物は千個に及んだ。

 「安田さんと再会して話したいことは」という記者の問い掛けに、幸子さんは「無事に帰ってくることだけを願っていた。まだ頭が回らない。本当に、本当に帰ってきてくれるのかしら」と涙を流したが、その声からは再会を待ちわびているのが伝わってきた。

 

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