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【社会】

安田さん「おわびと感謝」 帰国後初会見

記者会見の冒頭、頭を下げるフリージャーナリストの安田純平さん(左端)=2日、東京都千代田区の日本記者クラブで

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 二〇一五年に内戦下のシリアに入国後に拘束され、先月下旬に解放されて帰国したジャーナリスト安田純平さん(44)=埼玉県入間市出身=が二日、東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見し、拘束した集団について身代金目的だったとし、「絶対に殺すことはないと言われていた」などと状況を明らかにした。帰国後、本人が記者会見したのは初めて。 (井上靖史)

 安田さんは冒頭で、「ご尽力いただいた皆さまにおわび申し上げますとともに、深く感謝申し上げます」と頭を下げ、解放への取り組みに感謝した。また「私自身の行動によって、日本政府が当事者になったことを大変申し訳なく思います」とも話した。

 安田さんの説明や配付資料によると、二〇一五年五月にトルコに入国、六月にシリア入りし、直後に拘束された。取材目的について「シリアで戦闘員のリストや給与体系、予算表などが記された信ぴょう性の高いイスラム国に関する資料を入手し、取材したいと思った」と述べた。

 翌七月下旬に、拘束グループから「日本政府に金を要求する」と言われ、その後、「日本政府から『金を払う用意はある』との回答があった」との説明を受けた。同年十二月末に「日本側から連絡を絶った」と言われ、その後、尻を蹴られる暴力を受けるようになった。

 拘束中の三年四カ月に約十カ所を移動。イスラム教への改宗を求められ、当初は拒否していたが、身動きが取れない監禁状態が続いたため、礼拝をして体を動かそうと改宗に応じた。

 安田さんは先月二十三日深夜、カタール政府が「解放されてトルコ南部の入管施設にいる」と日本政府に連絡。同二十五日に帰国し、妻深結(みゅう)さんが成田空港で会見したが、安田さん本人は心身に過酷な負担があるとして出席せず、「大変なお騒がせご心配をおかけしました」などとするコメントを発表していた。

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<安田さん拘束事件> ジャーナリスト安田純平さんが2015年6月23日、トルコ南部からシリア北西部に入国したと日本の知人に連絡後、消息を絶った。その後、助けを求める画像や映像が公開された。国際テロ組織アルカイダ系の過激派「ヌスラ戦線」(「シリア解放機構」を設立)が拘束したとみられたが、最近は分派組織の支配下にあったとの情報もある。日本政府が10月24日、解放されトルコに出国した男性を安田さんと確認。25日に帰国した。

 

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