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【社会】

95歳、憲法手帳を相棒に全国回り 戦前回帰恐れ護憲講演

「生きて伝えることが仕事」といい、長寿のためにいつも持ち歩いているニンニクのおろし金と憲法手帳を見せる畑田さん=静岡市清水区で

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 安倍晋三首相が改憲案の今国会提出に強い意欲を示す中、条文が列記された「憲法手帳」を常にポケットに忍ばせながら、自身の戦争体験や護憲を各地で訴えている九十五歳がいる。国際政治学者の畑田重夫さん=静岡市清水区。三日は憲法公布から七十二年。教育勅語を評価するような閣僚発言などに「国家観が戦前回帰しているように感じる。平和憲法を変えることは絶対に認められない」と熱を込める。 (井上靖史)

 「亡くなった同期生の分を一人で生き、無念を伝え続けなければならない」。身ぶりを交えながら戦争体験を語る様子にエネルギーがみなぎる。講演は今でこそ月二〜三回に減ったが、関東や東海、関西など全国を飛び回る。

 名古屋市の旧制第八高等学校在学中の一九四三年、軍隊に召集され、甲府市にあった旧陸軍の歩兵部隊へ。訓練で患った腸の病気の治療のため陸軍病院に入院中、同期は中国に移動。台湾とフィリピン間のバシー海峡で米軍の魚雷攻撃に遭うなどして二千人近くがほぼ全滅したことを、終戦後に上官から聞かされた。

 「生き残った申し訳なさと同時に、生きて無念を伝え、二度と戦争させないようにするのが使命だと感じた」

 旧東京帝大法学部へ入学後の四六年、公布された現行憲法を読んだ。「最初に『国民主権』が書かれている。天皇中心だった旧憲法と全く違い、新鮮だった」と回想する。

 旧内務省に勤めたが、「官僚は好きではない」と三カ月で退職。東大大学院で学び直し、名古屋大で教えた。健康を損ねて助教授で六二年に退職した後も、政治学会や市民を対象に平和を訴える講演を続けてきた。

 いつも上着の右側の内ポケットには、憲法手帳。「片時も体から離さない。疑問がわけば、この権利は憲法何条に基づいているとか、その都度確認する。だからすぐにボロボロになってしまう」という。

 憲法を大事にしてきたからこそ、このところの政治の動きを「戦前回帰では」と懸念する。改憲や教育勅語再評価、明治維新から百五十年を祝う歴史観、東京五輪・パラリンピックに向けた国威発揚−。

 かつては保守系にも思いを同じにする人がいた。官房長官や自民党幹事長を歴任し、今年一月に九十二歳で死去した野中広務さんは、京都府の旧制園部中学校(現南丹市)の二年後輩で同じ剣道部員だった。交流を続け、数年前には南丹市で開かれた集会へ一緒に登壇。憲法は守らなければいけないという意見で一致した。

 「自民党ではっきり物を言える数少ない人物だった。少なくなった戦争体験者である私たちが、『九条改憲だけはだめだ』と肉声で語り、聞いてもらうことが大事だ」

 左側の内ポケットに入っているのは、健康療法として摂取し続けてきたニンニクと、すり下ろすためのおろし金、包んで飲むオブラート。発信を続けるため、自身に言い聞かせる。「あと三年くらいは死ねない」

<はただ・しげお> 1923(大正12)年9月生まれ。京都府綾部町(現綾部市)出身。旧姓は「藤枝」。結婚の際に妻の姓を選んだ。名古屋大助教授を退職後、労働者教育に携わり、沖縄・伊江島の平和運動家の故・阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)さんも教え子。87年と91年に東京都知事選に立候補し落選。趣味は野球観戦で西武ライオンズ選手応援団長を務め、「ライオンズ時代がやってくる」などの共著もある。

<憲法手帳> 日本国憲法の条文が列記された小冊子。制定直後から、多くの人に内容や国民の権利を知ってもらおうと各市民団体や自治体が独自に作成して配ったり、印刷会社などが予定表と一体にした物を市販したりしている。畑田さんが使っているのは条文だけが書かれた市販の物。

 

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