東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 12月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

バリアフリーの輪、2020へ 海外の障害者を家庭でおもてなし

及川さん一家と交流するブータン人のヨンテンさん(右)。子どもたちはヨンテンさんに歌を披露=東京都多摩市で(松村裕子撮影)

写真

 一九六四年東京パラリンピックで通訳として活躍したボランティアが設立した一般社団法人「64語学奉仕団のレガシーを伝える会」が、海外の障害者を日本の家庭に招く活動を始めた。二〇二〇年パラリンピックに向けて、国籍の違いや障害の有無を超えて理解を深め、誰もが住みやすい社会を目指していくための第一歩だ。 (松村裕子)

 今月九日、東京都多摩市の高校講師及川百合香さん(42)宅に、ブータンから来日中のヨンテン・ジャムソンさん(26)が訪れた。弱視で視野が狭く、夜間など暗くなるとほとんど見えなくなるという。

 「ブータンは日本より寒いですか」「納豆は食べますか」。及川さん夫妻が英語交じりで質問する。ヨンテンさんが好きだという日本の唱歌「ふるさと」も、一緒に口ずさんだ。末娘の真奈さん(7つ)も「パンを食べて」と差し出すなどすっかり打ち解け、一時間半があっという間に過ぎた。

 ヨンテンさんは、アジアの発展途上国の障害者リーダーを育成しようという日本の企業の招きで、九月に来日。普段は都内の研修宿泊所に滞在しており、「日本の家庭を訪れたのは初めてで、すごく楽しかった。日本の歌もおもしろかった」と振り返る。及川さんは「子どもたちにも良い経験ができた」と喜んだ。

 「64語学奉仕団のレガシーを伝える会」はこの日、ヨンテンさんのほか、ミャンマーやスリランカ、台湾などから来日中の計五人を、都内や神奈川県内の家庭に招待した。

1964年東京パラリンピックでボランティアをした吉田紗栄子さん

写真

 海外の障害者に日本の暮らしを知ってもらう一方、受け入れる日本の家庭に障害や外国人への偏見を取り払う機会にしてもらうためだ。伝える会代表理事で建築家吉田紗栄子さん(75)=横浜市=は「共生社会への第一歩にしたい」と語る。

 吉田さんは大学三年だった六四年、東京五輪後に行われた東京パラリンピックで、日赤の組織した「語学奉仕団」に参加。イタリア選手団の通訳として寝食を共にする一方、五輪選手村が障害者アスリート向けに改築されるのを見て、建築の世界に開眼した。

 「車いす使用者のための住宅」という卒論を書き、卒業後はバリアフリー設計のパイオニアとして活躍。ともに語学奉仕団で活躍したメンバーらもその後、障害者や難民の支援、子どものためのホスピス設立など、ボランティアや奉仕活動に進んだ人が多い。

 「そんな語学奉仕団の遺産を、二〇年五輪・パラリンピックを迎える若者たちに伝えたかった」と吉田さん。また「障害者を家庭に招くことで、日本の一般住宅のバリアフリーの大切さに気付くきっかけにしてほしい」とも語る。

 今後も、国際競技大会で来日する海外の障害者選手らを日本の家庭につなぐ活動を進める。問い合わせは「64語学奉仕団のレガシーを伝える会」へメール=goho.legacy64@gmail.com=で。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報