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【社会】

<代替わり考 皇位継承のかたち>(4) 大嘗祭に国費 違憲可能性

1990年11月、皇居・東御苑で行われた「大嘗祭」

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 「天皇家の内部から、こういう発言が出てくるとは感慨深い」。元裁判官の井戸謙一弁護士(64)は、大嘗祭(だいじょうさい)をめぐる秋篠宮さまの発言に時代の変化を感じている。かつて井戸は大阪高裁で、平成の代替わり儀式への国費支出の是非が問われた訴訟の審理を担当した。

 大嘗祭は戦前の旧皇室典範や登極令(とうきょくれい)に明文化されていたが、戦後すべての法令から消えた。元内閣官房副長官の石原信雄(92)によると、前回は憲法学者や宗教学者らからヒアリングを行い、大論争となった。最終的に政府の責任で、憲法に皇位の世襲制を定めていることから「公的性格が強い皇室行事」と位置づけ、国費でサポートした。

 一九九五年三月、大阪高裁は一審と同様、原告の慰謝料請求などを退けた。ただし、判決の結論に影響しない「傍論」で、大嘗祭と即位礼正殿の儀への国費支出を「ともに憲法の政教分離規定に違反する疑いは否定できない」と指摘した。

 判決原案を書いたのは、主任裁判官の井戸だった。あえて傍論で憲法判断に踏み込んだ理由を「結論に関係がなくとも、できる範囲で答えるべきだと考えた」と明かす。裁判長ら三人の合議でも異論は出なかったという。

 国を相手に儀式への国費支出の合憲性を争う集団訴訟は他になく、全国の千人以上が原告として参加した。原告側は「実質勝訴」として上告せず、判決を確定させた。このため国費支出の合憲性について最高裁の判断は出されていない。

 大阪高裁判決から二十四年を経て、政府は新天皇の大嘗祭を再び国費で行う。一部の有識者から内々に意見聴取しただけで、国民的な議論はなく、前例をほぼ踏襲した。関係経費は二十七億円を超え、前回より五億円近く膨らむ。

 「宗教色が強いものを国費で賄うことは適当かどうか」。秋篠宮さまは昨年十一月、五十三歳の誕生日会見で政府方針に疑問を示した。天皇家の私的費用の範囲内で「身の丈に合った儀式」とするのが、本来の姿であるとの持論を語った。

 発言の趣旨は、天皇、皇后両陛下の姿と重なる。宗教学者の島薗進(70)は「今の天皇は、皇室を現代化する中で、国民の負担軽減と国民との距離を縮めるということを言ってきた。秋篠宮発言の意味は長期的に考えていくべき課題だ」と指摘する。

 天皇が憲法に定める象徴の地位を安定的に維持するには、国民の理解と支持が不可欠だ。井戸は「皇室行事に国費を使うのは理屈上、筋が通らない。皇室への国民の理解や支持を失わせ、自分たちの地位や立場を危うくするという危機感が発言の背景にあるのではないか」と推し量る。

 昨年十二月、国費支出に反対する宗教者と市民約二百四十人が東京地裁に提訴した。原告には大阪訴訟の経験者もおり、最高裁まで争うことも視野に入れる。 =敬称略

<代替わり儀式と住民訴訟> 前回は、県知事らの儀式参列が憲法の政教分離原則に反するとして出張費の返還を求める住民訴訟が各地で起きた。最高裁は2002年、大嘗祭の宗教性を認めた上で「目的効果基準」に照らし、目的は「社会的儀礼」であり、効果も特定の宗教を援助したり、圧迫したりするものではないとして、知事らの参列については合憲と判断。04年には即位礼正殿の儀への参列も同様に合憲とした。

 

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