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【社会】

<鉄道自殺>(上)運転士 命奪ってしまった 事故時の「感覚」今も体に

鉄道自殺に遭遇した運転士。線路を見つめながら「心の傷は消えない」と話す=都内で(安江実撮影)

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 「ゴンッ」

 大きな衝撃音に「やってしまった」と血の気が引いた。運転士の田中浩さん(45)=仮名=は二〇一六年秋、首都圏で特急列車を運転中、線路にいた年配の男性をはねた。踏切のない場所だった。「なんでこんな所に人が…」。時速八十キロほどで走っていた。汽笛を鳴らし、急ブレーキをかけたが間に合わなかった。

 日は落ち、視界は暗かったが、血が飛び散り、凄惨(せいさん)を極める現場の様子が感じ取れた。作業員や警察官が対応に追われている。鼓動が高鳴る中で、田中さんの頭によぎったのはダイヤの乱れだった。「人命救助をしなければ…。ただ、乗客にも迷惑はかけられない」

 一時間半後に運転を再開。田中さんは交代せず、高ぶる気持ちを何とか落ち着かせ、ハンドルを握った。

 運転士である以上、人身事故を起こすかもしれないと覚悟していた。だが、事故後一カ月ほど体が重く、体調がすぐれなかった。人の命だけではなく、遅延が気になったことに、「運転士の宿命だと自分に言い聞かせる思いと、自己嫌悪の思いに挟まれて、苦しかった」。

 運転士の仲間は「仕方ないよ」と慰めてくれた。だが再び事故現場を通ったり、同じ時間帯になったりすると、心臓の鼓動が速まる。同じ車体番号を見掛けても事故を思い出した。

 同じ鉄道会社の運転士斎藤啓輔さん(36)=仮名=は一七年十二月、運転中に人身事故を経験した。「人を殺してしまった感覚は、たぶん一生消えない」。血の臭いや乗客の悲鳴、「ドスン」と車体に衝突した感覚は、今も体に残っている。

 二人は事故後、休暇を取得せず、カウンセリングも受けていない。「奪ってしまった命と向き合う時間がほしい」と口をそろえる。

 鉄道業界の資料によると、カナダの鉄道会社では、人身事故に遭遇した運転士には、心のケアのために数日〜一週間ほどの休暇を与えている。諸外国では、こうした制度は珍しくないという。

 鉄道ジャーナリストの梅原淳さんは「運転士の仕事は肉体的にも精神的にもハードで、労働環境の整備も遅れている。人身事故に遭遇した運転士の精神状態を専門的に検証するべきだ」と指摘している。 (木原育子)

  ◇ 

 二〇一八年、全国の自殺者数は二万五百九十八人で、九年連続で減少した。だが、鉄道自殺は六百人を超え、一日平均一・七人で高止まりの状態だ(一七年)。鉄道自殺が多発する首都圏で、失われた命に無関心になっていないか。運転士や遺族の体験から考えたい。

 

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