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【社会】

<象徴天皇と平成>(2) 自由な結婚 皇室に新風

記念撮影の合間に、やさしく秋篠宮さまの髪を直される紀子さま=1990年6月29日、宮殿・竹の間で

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 平成初年の一九八九年八月、秋篠宮ご夫妻の婚約が内定した。翌九月に記者会見に臨まれた二人。慶事なのに黒っぽい服装で会場に現れた。

 昭和天皇が逝去したのはその年の一月で、喪は明けていなかった。さらに秋篠宮さまは当時、英国留学中の身。記者会見で秋篠宮さまは「ここ一、二年の間、(紀子さまの実家)川嶋家にいろいろ問い合わせもあり、責任があることなので早い時期に公にしたいと判断いたしました」と説明。「お妃(きさき)選び」で注目が集まっていた皇太子さまの先を越したことを否定的に見る関係者もいる。

 とはいえ、自由な結婚が皇室の新時代を感じさせたのは間違いない。当時はまだ旧華族か、民間人かという点でお妃候補が論じられた時代だった。皇族が大学のサークルで知り合った女性と恋愛結婚−。紀子さまと同い年の主婦(52)=東京都大田区=は当時、新鮮な思いで受け止めた。紀子さまの父、川嶋辰彦さんは学習院大教授で「民間だけどつり合いは取れている」と思ったというが、住まいは学習院大教職員宿舎。紀子さまは「3LDKのプリンセス」と呼ばれた。

 平成の三十年を通し、結婚の自由化と多様化は進む。二〇一四年度に内閣府が実施した調査(複数回答)では、出会いを求めるために紹介を頼むのは友人(47・3%)、合コンやパーティー(29・2%)が多く、「お見合い」「親や親戚に頼む」と答えたのは合わせて14%弱だ。

 九三年、皇太子さまは出会いから六年八カ月を経て雅子さまと結婚。社会人経験がないまま皇室に入った皇后さま、紀子さまとは異なるキャリア外交官との慶事は注目を集めた。〇五年に両陛下の長女、黒田清子(さやこ)さんが三十六歳で結婚した際は晩婚が話題になった。

 一七年には秋篠宮家の長女眞子さまと大学の同級生、小室圭さんの婚約が内定。秋篠宮さまはその年、「本人たちが幸せだと思う家庭であれば、それでいい」と話した。

 ところが、その後に小室さんの母の金銭問題が浮上した。昨年十一月の誕生日会見では「多くの人が納得し、喜んでくれる状況にならなければ、婚約に当たる納采(のうさい)の儀を行うことはできない」と、親としての思いに加え、皇族の立場を意識するような発言をした。

 前出の主婦は大学生の長女(24)がいる。かつては、秋篠宮ご夫妻のような自由な結婚に賛辞を贈ったが、親になると娘が選ぶ男性は気になる。交際相手がいる長女にも「結婚するなら仕事は同業、家庭環境はそれほど違わない人が良い」と忠告する。眞子さまについても「周りがもう少し意見すべきだったのでは」と考える。

 二十七歳の眞子さまと同世代の見方は違う。結婚を意識する男性がいる看護師の女性(25)=川崎市=は「(小室さんを)好きならしょうがないのでは」と婚約延期になった眞子さまに同情的。金銭問題も「普通の人だったら、こんなに問題にならないのに」と話す。

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