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【300文字小説】

第20回受賞作

 第20回300文字小説賞の最優秀賞1点と優秀賞3点が決まりました。各賞は、昨年10月30日から今年4月までに寄せられ、入選作として掲載された75点から選ばれました。この間の投稿数は2441件でした。作品は、中日新聞・東京新聞のホームページで読むことができます。各受賞作と作者は次の通り。 (肩書は当時、敬称略)

【最優秀賞】(賞金3万円、トロフィー)

▽「散歩道」愛知県春日井市・自営業・印東由紀(37)=2017年4月23日掲載

【優秀賞】(賞金1万円、トロフィー)

▽「僕の名は」東京都江戸川区・会社員・服部雄二郎(32)=2016年10月30日掲載

▽「ピアニッシシモ」東京都世田谷区・中学生・小松萌花(15)=2017年1月15日掲載

▽「私の天下」愛知県瀬戸市・専門学校生・横井小夏(20)=同4月30日掲載

イラスト・瀬崎修

写真

<最優秀賞>散歩道 印東由紀

 十年前、大きなお腹(なか)を抱えて一人で歩いた道。

 九年前にはベビーカーを押して歩いた。

 八年前には手をつないで歩き、七年前には再び大きくなったお腹を抱えて歩いた。

 それから、両手をつないで歩くようになり、さらに人数が増えて二本の手では足りなくなった。

 春にはアゲハを追いかけ、夏にはセミの羽化を観察した。

 秋にはバッタやカマキリを捕まえた。

 いつも誰かと一緒だった。

 今日、一番下の子が保育園に通い始めた。

 園まで送った帰り、私は久しぶりに一人で歩いた。身軽だな。

 そう思った時、前方で蝶(ちょう)が舞った。

 「まあ、見て! ギフチョウよ」

 興奮気味に声を上げた私に、通りすがりの初老の女性がクスリと笑った。

 (愛知県春日井市・自営業・37歳)

◇ ◇ ◇ ◇

<優秀賞>僕の名は 服部雄二郎

 「お疲れ様です、ハギワラさん」

 今さら訂正する気もなかった。他部署の相田さんとは、会社の廊下でたまにすれ違うだけだ。

 僕の名はオギワラである。萩原と荻原。読み間違えられるのは、よくあることだ。

 首からぶら下げている社員証には、フリガナもなく〈荻原〉と印字してある。

 「お疲れ様です。相田さんの部署、最近忙しそうですね」

 「そうなんです。新規事業の案件で、毎日残業なんです」

 簡単な会話を交わし、軽く頭を下げてその場を去ろうとした。その時、相田さんの後輩が向こうから駆けよってきた。

 急ぎの連絡が入ったようで、持っていた電話の子機を相田さんに手渡す。受け取った相田さん、

 「お電話かわりました、ソウダです」

 (東京都江戸川区・会社員・32歳)

◇ ◇ ◇ ◇

<優秀賞>ピアニッシシモ 小松萌花

 ピアニッシシモ。聞いたことがある人は、そういない。

 ピアニッシモよりも、さらに弱く。表現するのは、なかなか難しい。

 ポーン、ポーン…♪ 青空の下、ピアノの音が響く。私たちが遊んでいる公園に。

 弾いているのは私のピアノの先生。最初見た時、気が弱そうな人だなと思った。でも、その先生が作り出す音楽は、私の意識を虜(とりこ)にする。

 先生からは微塵(みじん)も想像できないような力強い曲も、先生は軽々と弾いてみせる。

 「先生はピアニッシシモが一番好きなの」

 いつかの先生の言葉が私の脳裏に蘇(よみがえ)る。

 ポーン、ポーン…♪ あ、ソだ。

 テニスのボールが高く打ち上がる中、私はそっとピアノが織りなす音に聞き耳を立てて、ピアニッシシモの弱さを感じるのだ。

 (東京都世田谷区・中学生・15歳)

◇ ◇ ◇ ◇

<優秀賞>私の天下 横井小夏

 お兄ちゃんの子供が生まれた。

 私の姪(めい)っ子。小さくて、柔らかくて、本当に可愛(かわい)い。

 姪っ子が生まれたことで家族に変化が起きた。

 私のおばあちゃんはひいおばあちゃんに。お母さんはおばあちゃんに、お兄ちゃんはお父さんに、私はおばさんに。

 そして、末っ子の私の天下が終わったのだ。

 みんなが呼ぶ名前は、私の名前から姪っ子の名前に変わった。

 でも、それがたまらなく嬉(うれ)しい。

 私も成長し、可愛がる番が回ってきた。

 新しい天下を存分に楽しんでもらおう。長い間、私がもらった愛を精一杯(せいいっぱい)姪っ子にあげよう。しばらくは、みんなの愛を独り占めできるだろう。

 三年後、甥(おい)っ子が生まれ、姪っ子の短い天下は終わってしまった。

 (愛知県瀬戸市・専門学校生・19歳)

◇ ◇ ◇ ◇

◆喜びの声

 印東由紀さんの最優秀賞作品「散歩道」は、自身の子育て十年をそのままつづった。行政書士の夫を手助けしながら、小学四年を頭に三人の子供をもつ。喜んで受賞の知らせを伝えた夫からは「にわかには信じがたい」といわれたという。日頃から子供たちにお話を聞かせている。

 「僕の名は」で優秀賞の服部雄二郎さん。読み間違えられやすい名前の不思議な行き違いを取り上げ、最後に落ちをつけた。「面白かった。よかった、よかった」と一番喜んでくれたのは、以前から300文字小説の愛読者で、郷里の岐阜に住むお母さんだという。

 「受賞の連絡にとても驚きました」と「ピアニッシシモ」の小松萌花さん。ピアノの先生が弾く音楽に魅せられていく自分を表現した。この春から希望の高校に進学、書道に触れて感動し、ハンドボール部の練習では「毎日、ヘトヘトになっています」。夢は「海外で活躍すること」。

 「私の天下」の横井小夏さん。「最近生まれた弟に嫉妬している姪(めい)は、わがままだけどかわいらしく、かつて私も天下を取っていたのだなあと感じた」という。「小説家は私の夢。今は専門学校で和裁士を目指しながら、小説の勉強をしています」と話す。

 【評】今回も大変に悩ましい選考会でした。掲載七十五篇(へん)、そこから賞候補として絞られた作品は、いずれも粒ぞろい。簡単には順位がつけられず議論白熱。結果、最優秀賞に輝いたのは、印東由紀さんの「散歩道」。十年分の幸せな思い出を300文字に詰め込んだ、心温まる秀作でした。

 ついで、優秀賞。次世代誕生の喜びをコミカルに表現した横井小夏さん「私の天下」。複数の読み方が存在する日本特有の苗字(みょうじ)を巡って服部雄二郎さん「僕の名は」。みずみずしい繊細な音楽的感性が光る、小松萌花さんの「ピアニッシシモ」。これら三作が選ばれました。

 惜しくも賞は逃したものの最後まで評価を争ったのが、青春時代の冒険を思い返した南部敏明さん「東京−札幌の旅」、告白の痛い結末を描いた市野篤史さんの「覚悟」、意味不明が面白い三井郁さんの「度肝ちゃんとポケット侍」など。

 今後とも、ご投稿、ご愛読を、よろしく!

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