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【300文字小説】

通り雨、のち晴れ晴れ 出町朱里

イラスト・瀬崎修

写真

 お店のドアを開けた途端、甘い旋律から重い雨音へ。ざあざあと地面を叩(たた)く響き。慌てて折りたたみ傘を取り出す。

 この忌々(いまいま)しい雨粒が全部、宝石だったらいいのに。そうしたら、通り雨の度に街中がきらきら輝くことだろう。どんなに美しいことか。

 傘を開いて歩き始める。ぼすぼすぼす、打ちつける水滴の群れ。…やっぱり宝石じゃなくていいや。傘がすぐ穴だらけになりそうだ。それに、雨が降ったときだけの楽しみもあるのだから。ほら、そろそろ見える頃。雨雲はすぐに過ぎ去った。

 静かになった頃合いで、そっと傘を閉じる。

 こんな日だけの、特別なきらめき。見上げた空に、大きな虹が架かっていた。

 (横浜市戸塚区・会社員・26歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ゴーヤの育て方 東山貢之介

 昨年、気まぐれに植えたゴーヤ。生えるに任せて放(ほう)っておいたら、見事なカーテンとなり、実も三個収穫した。

 マンションのベランダでも出来(でき)ると気を良くし、今年は早くから準備した。

 ネットで育て方を調べ、葉が数枚増えたら摘心し、肥料もたっぷり。カーテンに色を添えようと朝顔もいっしょに植えた。

 ところが、それから一カ月、なかなか成長しない。毎朝、ゴーヤを眺めながら首を傾(かし)げる。

 ある日、毎日の水遣(や)りが原因かと思い、迷った末、土の表面が乾くまで止めた。

 この分では今年のゴーヤのカーテンは期待薄、何とか育てと祈るばかり。

 手のかけ過ぎがいけないのか。

 今は立派に成人したが、かつての我(わ)が家の子育てが、ふと心に浮かんだ。

 (兵庫県西宮市・会社員・61歳)

◇ ◇ ◇ ◇

追い焚き 山盛直美

 私が幼い頃、生まれ育った家の風呂は薪を焚(た)いて沸かしていた。

 一番風呂はおじいさん、続いておばあさん。それから父と一緒に私も入る。

 湯船に浸(つ)かっていると外から母が声を掛ける。

 「ぬるないか」

 父が応える。

 「ちょっとくべてくれ」

 しばらくすると下の方から熱くなってくるので、父と一緒にザバザバと湯を混ぜる。

 母が入ると今度は父が外から声を掛ける。

 「ぬるないか」

 「よう沸いとるわ」

 幼い頃の日常を思い出しながら風呂場のボタンを押す。

 「オイダキ・ヲ・シマス」

 音声は味気ないけれど、何も言わないよりはましかな。

 (愛知県東海市・主婦・50歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 いきなりの土砂降りに、出町朱里さんの「通り雨、のち晴れ晴れ」。傘の下、激しい雨音に包まれて、空想世界へ逃げ込みたい気分。でも、雲が切れれば、青空に素敵(すてき)なプレゼント。

 夏の日射(ひざ)しを爽やかに遮ってくれるグリーンカーテン。その完成を目指して、東山貢之介さんの「ゴーヤの育て方」。あれやこれやと悩みながら、ふと、子育て時代の思い出が。

 お風呂を沸かすのが一仕事だった時代を振り返って、山盛直美さんの「追い焚き」。湯加減の調節も家族が互いにコミュニケーション、湯殿と焚き口のやりとりが不可欠でした。

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