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【300文字小説】

夏空の校歌 渡邉逸郎

イラスト・瀬崎修

写真

 五十年ぶりに高校野球を観戦しました。

 連日の猛暑に体を持て余していた昼下がり、母校の応援に、水筒を携えて球場へ自転車を走らせました。

 麦わら帽子にかき氷のオジサンがヤジを飛ばし、ブラスバンドの演奏も賑(にぎ)やかに、白球を追う坊主頭の球児の姿がありました。

 練習不足が否めない母校の試合運びも当時のままで、ゲームは最後まで流れをつかめずに敗戦。

 昔と少しも変わっていないスタンドの風景は、遠い時代の懐かしさへ連れ戻してくれました。

 半世紀ぶりの校歌を期待しましたが、相手チームの校歌が高らかに響くバックネット裏で、青空を仰ぎました。

 (津市・嘱託社員・69歳)

◇ ◇ ◇ ◇

夕立 松木七星

 ぱたり…窓に雨が叩(たた)きつけられる音がした。夕立が来た。

 開けていた窓を全部閉め、エアコンをつけて窓際に椅子を置く。初めは弱かった雨も時間が経(た)つにつれ、どんどん強くなっていた。

 強くなったり、ちょっと弱くなったり。風が吹いて、白いカーテンのように見えたり。ちっとも飽きがこない。

 しかし規則的なリズムを奏でる雨粒を眺めていると、少し眠くなる。

 うとうとしていると、閃光(せんこう)の後に、どんがらがっしゃん! 大きな音が。打ち上げ花火のような雷で眠気もすっ飛んだ。

 数分したら空は明るくなった。

 ずっと眺めていたいのに、いきなり来て、すぐに帰ってしまう。少し寂しいが、夕立は短いから楽しい。

 今年も夏が来た。

 (埼玉県所沢市・学生・16歳)

◇ ◇ ◇ ◇

海パン男の謎 三浦雅行

 夏の夕暮れ。

 電車に乗っていた私は目を疑った。いつからそこにいたのだろう、車両の中ほどに海水パンツ一丁の男がつり革につかまっていたのだ。

 緑色のビキニのようなぴちぴちの海パンだ。三十歳くらいで、よく日に焼けて、筋肉質で、無表情にじっと窓の外を見つめている。

 謎だった。

 周りの乗客も海パン男をちらちらと眺めている。けれど海パン男は動じることなくつり革につかまっている。

 なぜ海パン一丁なのだろうか。

 近所に海水浴場があるわけでもない。普段からの格好なのか。それとも、どこかで泳いでいて脱いだ服を盗まれてしまったのだろうか。

 海パン男に聞いてみたいが、目的の駅で後ろ髪をひかれつつ、私は電車を降りた。

 (大阪府島本町・公務員・39歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 過ぎゆく夏を振り返って、この季節ならではの三作品。まずは一途(いちず)に白球を追いかける母校の球児たちに熱い声援、渡邉逸郎さん「夏空の校歌」。来年こそは、懐かしの校歌斉唱。

 黒風白雨の言葉もある、夏のにわか雨。その様子を室内から眺めて、松木七星さんの「夕立」。一雨去って窓を開ければ、さわやかな涼風が吹き渡り、空には虹がかかっているかも。

 ドッキリ企画じゃないとしたら、彼の身なりには一体どんな理由が? 三浦雅行さんの「海パン男の謎」。ただ、冷房の効いた車内で、その格好を続けると、ちょっと心配なことも。

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