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【300文字小説】

張り紙 岡田利容

イラスト・瀬崎修

写真

 無人野菜売り場でトマトを二袋買おうとした。一袋二百円だから四百円になる。ところが財布には三百五十円しかない。

 (うーん、どうしよう…友達二人に会うのだから、どうしても二袋欲しい…)

 よし! 思い切って箱に三百五十円入れ、二袋手に取った。

 翌日、無人売り場に行き、箱にお金と手紙を入れた。

 「昨日は五十円足りず、お借りしました。今日、不足分をお支払いします。よろしく」

 数日後、無人売り場に寄ると、「確かに受け取りました。今後とも、ご贔屓(ひいき)に」と張り紙。

 ああー、良かった!

 (愛知県新城市・主婦・74歳)

◇ ◇ ◇ ◇

今どきの子ども 安藤邦緒

 近くに住む五年生の孫が我が家に泊まりに来た。私は夜、寝る時にお化けの話を始めた。

 「人魂がゆらゆらと揺れたかと思うと、暗闇から幽霊が現れ…」

 が、孫は全然怖がらない。

 室内の電気を消しても、外が明るく、孫の顔がくっきり見える。

 私が子どもの頃は、室内も外も真っ暗闇なところがたくさんあった。

 友だちや学校の先生の中にも、実際に人魂を見たという人がいた。

 夏になると、テレビや映画で「四谷怪談」や「番町皿屋敷」などの恐ろしい幽霊作品をやっていたものだ。

 ひとり昔を振り返っていたら、孫が言った。

 「じいじ、幽霊をスマホで撮って友だちに送りたいから、早く呼んでよ」

 (岐阜県北方町・無職・67歳)

◇ ◇ ◇ ◇

四つ葉のクローバー 進藤ユミコ

 クローバーが群生している公園の端で、女の子たちが四つ葉を探している。

 退職間もない私は近くのベンチで本を開いたり閉じたり。

 見つかるたびに声が上がる。その顔を見ているだけで、幸福は葉っぱの数ほどあると思えてくる。

 顔見知りになった姉さん株の子が、私に四つ葉をくれた。

 「持ってると、良いことがあるから」

 見つからず仏頂面の子がベンチに座った。私は、もらったばかりの葉を、そっと手渡した。

 数日後、ベンチで姉さん株の子が私に小さな袋を差し出した。

 栞(しおり)とメモが入っていた。

 <ベンチのおばあちゃん、本が好きなのね。しおりあげる。こんどはあげちゃだめだよ>

 その笑顔は人を幸福にする力に溢(あふ)れている。

 (埼玉県狭山市・無職・68歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 地元産の新鮮な食材が、手軽に、お安く手に入る無人直売所で、岡田利容さんの「張り紙」。顔を合わせないからこそ、お互いの信頼と、こんな気配りが、なにより大切ですね。

 夏の夜の蒸し暑さを忘れさせるはずの怪談ですが、安藤邦緒さん「今どきの子ども」。暗闇の中、ぼんやり光って揺らめくのは、今や、スマホ画面ばかりとなりました。

 見つけた者に幸運をもたらすという、進藤ユミコさん「四つ葉のクローバー」。手から手へと渡された優しさが、思いもかけぬ大きな幸せの笑顔をもたらしてくれました。

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