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【300文字小説】

電話 長柄房江

イラスト・瀬崎修

写真

 朝起きると青空だったので、沢山(たくさん)の洗濯をした。物干し竿(ざお)三本分。

 次は掃除。廊下を丁寧に磨き、少し疲れたので横になると電話が鳴った。

 受話器を取ると、「間違いました」。失礼なと思いながら横になるなり、すぐ電話。

 「カニの缶詰、安くしますから買ってください」

 断って横になると、五分くらいでまた電話。

 「貴女(あなた)が当選しました」と詐欺まがい。すぐにプチンと切って、今日はよく電話が鳴る日だぁ…と、一人ぶつぶつ。すると、またまた電話。もう腹が立っている私、「どなた? 何の用!」

 声を荒らげると、相手は近所の人。

 「奥さん、にわか雨が降ってきましたよ」

 (滋賀県湖南市・パート・80歳)

◇ ◇ ◇ ◇

八月三十一日 小林靖之

 八月三十一日、僕は夏休みの宿題に追われていた。この調子だと今夜は徹夜になりそうだ。

 はぁー、せめて、あと一日だけ夏休みが増えてくれたら助かるのに。きっと僕と同じ気持ちの小学生が今頃たくさんいるんだろうな。

 そんな事を考えながら窓の外を眺めると、ちょうど流れ星が見えた。僕はとっさに願い事をした。

 「夏休みを増やして夏休みを増やして夏休みを増やして」

 気がつくと朝になっていた。どうやら机の上で寝てしまったらしい。

 時計を見ると、八時を回っていた。やばい、遅刻しちゃう。

 まだ宿題終わってないけど、とりあえず学校に行かなくちゃ。

 「お母さん、学校行ってきます」

 「何言ってるの、今日は八月三十二日。まだ夏休みよ」

 (北海道帯広市・会社員・26歳)

◇ ◇ ◇ ◇

食パンの耳 岡一郎

 記憶は六十年前に遡(さかのぼ)る。繁華街の片隅に我が家があった。両親と子ども五人の七人家族。

 お八(や)つは近くのパン屋からおふくろが買ってくる食パンの耳。油で揚げて砂糖をまぶす。

 揚げたてが美味(おい)しかった。大きな皿一杯に盛られたお八つは、あっという間になくなる。

 今では見向きもされないが、当時の味が懐かしい。妻に話すと怪訝(けげん)な顔をした。

 数日後、テーブルの上に揚げたての食パンの耳が置かれていた。

 ひとつまみ口に運ぶと、紛れもなく当時の味が蘇(よみがえ)った。

 「あなたのレシピ通りよ」

 妻が素っ気なく言う。だが美味(うま)い。半世紀の時を経て子ども時代を思い出す。

 「あなたって、いつまで経(た)ってもマザコンね」

 構わない。揚げた食パンの耳が食べられるのなら。

 (東京都府中市・無職・68歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 相手構わずの迷惑な着信も少なくない、長柄房江さんの「電話」。つい苛立(いらだ)ってしまった主人公ですが、本来は、お互いが心を通わす便利な手段。

 気がつけば夏休みも終わり。たまってしまった宿題を巡って、小林靖之さんの「八月三十一日」。切なる願いが招いた、思いもかけない解決策!

 これぞまさしく“おふくろの味”、岡一郎さん「食パンの耳」。やりくり上手に家族思いの隠し味が利いて、いつまでも忘れられないレシピが生まれました。

 *投稿規定の記載不備で掲載できない残念な秀作を見かけます。ご注意ください。

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