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【300文字小説】

旅行、その前日。 河田紗弥

イラスト・瀬崎修

写真

 明日は箱根に旅行に行く日。私は母と旅行の準備をしていた。

 「卓球セット持ってっちゃおうかな!」

 「いいんじゃない。旅館に卓球場あるかも」

 そんなことを話しながら準備を進めていく。

 「旅行は前日が楽しいよね」

 母の言葉に私が「確かに。ワクワクがとまらないぜ!」と言うと、母は笑った。旅行は行き当たりばったり派の私の影響で、旅行の予定は泊まる旅館と大涌谷に行くことしか決まっていない。

 「ちゃんと決めたかった」と母は少し不満そうだが、私は気にしない。フラフラするのも旅行の醍醐味(だいごみ)だと思っている。旅行、その前日。

 私たちは服とともにドキドキを鞄(かばん)に詰め込んだ。

 (茨城県つくば市・学生・17歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ひと目惚(ぼ)れ 遠藤春奈

 その生き物に出合ったのは、動物園の両生爬虫類(はちゅうるい)館だった。

 水槽の奥の岩陰で、じっとしていた。

 小学生たちが口々に、「でかっ!」「でけえ…」とつぶやく。

 焦げ茶色の体に、黒い斑点が無数にある。グロテスク、ともいえるだろう。だが、無造作に投げ出された短い手足はプニプニで、赤ちゃんみたいだ。

 ハンバーグのような平たい顔に、鼻の穴よりも小粒な目。その目がいかにも賢者じみて、すべてを見透かしているよう。

 壁に貼られた説明を読む。

 「オオサンショウウオの視力は弱く、ほとんど見えていません」

 なんだいキミ、実は見えてないのかい。

 ハンバーグに切り込みが入り、ゆっくりと二つに割れる。大きく開いた口の中は、食べ頃の桃の色だった。 (名古屋市千種区・契約社員・37歳)

◇ ◇ ◇ ◇

後継者 石川文晃

 「ついつい口をはさんでしまいましてね。

 ええ、私はもう引退して、倅(せがれ)にすべて委ねているんですが。

 だけど、どうにも頼りないところがある。倅ももう五十過ぎなんだが、まだまだ甘い。

 たいして苦労してないのも事実ですが、今もって厳しさが足りないというか、商売に取り組む意欲が足りない。

 いろいろと目について、つい口をはさんでしまう。どうしたものでしょうな、もう少し倅が商売に真剣に取り組んでくれるといいのですが」

 「息子さんには確か、成人されたご長男がおられましたね。

 そのご長男に商売を任せ、息子さんは引退なされるといい。

 息子さん、きっと商売のことが気になってしかたなくなり、真剣に取り組むようになりますよ」

 (愛知県一宮市・会社員・61歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 ウキウキ気分がストレートに伝わってくる、河田紗弥さんの「旅行、その前日。」。人にはそれぞれ、旅を楽しむ自分なりのスタイルが。それらを荷物に詰め込んで、さあ出発!

 水底に身を沈め、じっと動かない姿に、遠藤春奈さんの「ひと目惚れ」。井伏鱒二の名作にも登場する巨体は、一見、不気味。しかし、よくよく観察すると、思いがけない魅力が。

 先代にとって、若い後継ぎは頼りなく見えるもの。ついつい愚痴をこぼしたくなる、石川文晃さんの「後継者」。それに対して、第三者の率直なコンサルティング。なるほど。

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