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【300文字小説】

ついていることは… 春日愛実

イラスト・瀬崎修

写真

 今日は本当についてない。

 朝、家を出た後に忘れ物に気づき、学校へ行く途中で近所の犬にほえられ、急に雨が降ってきて、びしょぬれになりながら走って、ようやく学校についた。

 教室に入ったら昨日席替えしたのを忘れて注意され、今朝気づいて持ってきた宿題は一ページ前をやっていた。本当についてない。はぁ…。

 友人に話すと、友人が笑って言った。

 「ねぇ、君。ついていることもあるよ」

 分からない。そんなこと、あるわけない。はぁ…。あっ、ため息をついてる。そう友人に言うと、

 「違うよ、ついていることあるよ。空を見て」

 空? 本当だ! 空には虹がかかっていた。

 (愛知県あま市・中学生・14歳)

◇ ◇ ◇ ◇

長時間労働 簗井歩

 私は某企業の人事管理を担当している。

 長時間労働が問題となっているが、至急我が社の実態を調査するよう指示を受けた。

 各部署の人事担当者に資料作成を依頼し、ヒアリングを行った。

 どの部署も長時間労働はなく、社員の健康管理には十分注意しているとの回答だ。

 だが、某部署の一部社員から過剰な長時間労働を強いられているとタレこみがあり、調査することにした。

 その部署の人事担当者は強く否定したが、タレこみの内容は事実だった。

 さらに、別の部署からもタレこみがあり、私は対応に追われた。

 私は平日深夜まで残業を続け、休祝日も出勤して実態を調査しつつ、資料を作成することになった。

 現在、私が長時間労働を強いられている。

 (岐阜県各務原市・地方公務員・51歳)

◇ ◇ ◇ ◇

嘘(うそ) 鶴川映子

 夕方、庭先の雑草を抜いていると、小学一年生だという男の子が近づいてきた。

 「虫かごありますか?」と聞いてきたので、孫が忘れていった虫かごを見せた。

 すると、「足が一本とれたコオロギを見つけたので連れてきました」と言いながら、ズボンのポケットからヘロヘロになった一匹を取り出し、虫かごに入れた。

 コオロギが好きそうな雑草も水に濡(ぬ)らして入れている。

 翌朝早く、コオロギを心配して男の子がやってきた。

 私は空の虫かごを見せ、「元気になったから土手の草むらに放してあげたよ」と伝えた。すると、男の子は満面の笑みで帰っていった。

 裏庭の小石をのせたコオロギのお墓を一緒にお参りした方が良かったのかな…。

 (金沢市・無職・70歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 朝から災難続き、何をやってもうまくいかない、そんな一日に、春日愛実さんの「ついていることは…」。ため息ばかりついていないで、空を見上げたら、どしゃ降りの置き土産。

 さまざまな組織で改革が求められている、簗井歩さんの「長時間労働」。まずは実態把握のための地道な長時間調査が必要なわけで、それを担当する人間には過大な負担が…はぁ。

 人間正直が一番。とはいえ、時には、こんな心優しさが求められる、鶴川映子さんの「嘘」。少年の笑顔にいやされながら、大人としては、現実の厳しさを教えてやりたい気持ちにも。

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