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【300文字小説】

結婚式の歌 小池美穂子

イラスト・瀬崎修

写真

 娘の結婚が決まった。

 「家族三人で何か一つの事をやりたいな!」という娘の願いで、披露宴で夫と私、娘の三人でハモリ曲を歌おうと決まった。

 練習しだすと、これがなかなか難しい。出だしから、主旋律を歌う娘の声につられてしまう。

 そこから毎日、怒濤(どとう)の練習が始まった。

 掃除をしながら、洗濯をしながら、ひたすら歌った。

 と、回覧板を持ってきた隣の奥さんが、「日々上達してますヨ」と微笑(ほほえ)んだ。

 小さな声で歌っていたつもりが気持ち良くなり、ついつい声を張り上げていたらしい。

 はぁ〜赤面。

 (さいたま市浦和区・主婦・55歳)

◇ ◇ ◇ ◇

小説と睡魔 高橋佳己

 やはり、あの部分で読むのを中断すべきだったのだ。

 バイクの音がして、それから郵便受けが開けられる音がした。

 今すぐに寝れば多少は睡眠時間がとれるだろう。しかし、ここで中断するのは余りに惜しい。少し前ならキリがよかったのに。続きが気になって眠ろうにも眠れない。すごく眠いのだが。

 今、寝てしまったら、果たして次回読む時まで、この興奮を覚えていられるだろうか。

 どうせ、もうほとんど睡眠時間は残されていないのだ。ここまできたら読み切ってしまえ!

 カーテンの隙間から光が漏れている。雀(すずめ)の鳴き声も聞こえてきた。

 面白かった。大きく伸びをして息を吐く。

 全身の倦怠感(けんたいかん)に、やっぱり寝ておくんだったなと思いながら身支度を始めた。

 (横浜市旭区・大学生・22歳)

◇ ◇ ◇ ◇

秋思譜 金澤文教

 葉っぱを拾うと、手帳に挟み、押し葉にする習癖がある。四十年も前のことなのに、記憶に留めている一葉がある。

 隅田公園を牛島様から歩き、三囲(みめぐり)神社に着くころには、大川からの夕風がひんやりし始めてきた。

 鳥居を潜(くぐ)ると、左手の大銀杏(おおいちょう)が黄色に葉を染め、二人を迎えてくれる。

 ほとんど言葉も交わさず歩いてきた二人は、大銀杏を見上げて同時に口を開いた。

 「きれい」、「きれいだ」と。

 「金色の小さき鳥の形して…与謝野晶子の歌だったっけ」と呟(つぶや)くと、連れは「…銀杏散るなり夕日の丘に」と応える。

 そのとき、銀杏の葉が一枚、連れの頭に散ってきた。そっとその葉を摘まみ、ポケットから手帳を取り出して挟んだ。

 女の髪の匂いが、かすかにした。

 (千葉県市川市・無職・88歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 ご本人にとっても、ご家族にとっても、生涯の思い出となる幸せな祝宴に備えて、小池美穂子さん「結婚式の歌」。練習に熱がこもるのは当然です。お隣さんも、笑顔で応援。

 読書好きなら誰しも覚えがあるでしょう、高橋佳己さんの「小説と睡魔」。徹夜して得た興奮と満足は、また格別。その体験をより深めるため、再読は、ぜひ、ゆっくり、じっくり。

 なんとも粋な二人連れ、金澤文教さんの「秋思譜」。川風に吹かれて向島あたりをそぞろ歩きながら口ずさむのは、情熱の歌人が残した浪漫チックな秋の短歌。風情たっぷりの一場面。

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