東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 300文字小説 > サンデー版掲載入選作一覧 > 記事

ここから本文

【300文字小説】

春を待つのは 桑原進一

イラスト・瀬崎修

写真

 一年生の教室から先生の優しい声がする。

 「これはね、来年の一年生に渡すものですよ。みんなも四月にもらったでしょ? きちんと袋に入れて渡しましょうね」

 子どもたちが、紙とのりで袋作りをしている。おもてには、『ひとさしゆびで つちに あなを あけてから いれてね』と書いてある。

 さし絵のアサガオも愛らしい。自分たちが育てて作ったアサガオの種を入れる袋だ。

 寒さに耐え、がんばっているのは、何も桜の木ばかりではない。春の日に、バトンタッチされるアサガオの種も出番を待っている。

 ツンとした朝の空気の中で、三階からは、透明で、ひときわ美しい上級生の歌声が響いてきた。

 (愛知県春日井市・非常勤講師・68歳)

◇ ◇ ◇ ◇

新星発見 山本正美

 息子が小学校に上がった時、お祝いに義姉から大きな地球儀を頂いた。

 ちょうど私も欲しかったその地球儀を出して、ここが日本で隣が韓国かと眺めていたら、急に周りがダークブルーに包まれた。

 不思議な感覚で視線を逸(そ)らせたら、そこに青白く輝く球が浮かんでいた。あっ、月だ!

 さらに視線を動かすと幾つかの球が浮かんで見えた。その中の一つに輪っかがついていた。もしかして、土星?

 すごい、惑星が全部見える。

 昔学校で習った水金地火木土天海、まるで宝石のようだ。

 青く神秘的に輝く地球の向こうに、大きく輝く二つの星を発見した。

 その瞬間、周りが明るくなり、息子の輝く二つの大きな瞳が、地球儀を眺めていた。

 (愛知県知多市・無職・64歳)

◇ ◇ ◇ ◇

トモさんの折り紙 戸田裕美

 トモさんは一人暮らしの八十四歳。冬本番を迎え、寒さが身にしみる。

 家でテレビを見て過ごす時間が長くなり、手慰みに作る折り紙の独楽(こま)や手裏剣が増えるばかりだ。

 今日は持病の薬をもらいに行くため、重い腰を上げた。家を出る際にふと思いつき、折り紙作品をバッグに入れた。

 「おお寒い」

 病院まで十分ほどの道のりを、身を縮めて歩いた。

 受付のお姉さんに「子どもたちにどう?」と折り紙作品を渡すと、近くにいた子どもたちが寄ってきた。

 「欲しい?」

 頷(うなず)く子ども。思わぬ反応に心が躍った。

 今のトモさんは大忙しで大張り切りだ。

 次の通院時には怪獣を持って行こう。子どもたち、喜ぶかな。トモさんの指に力が入った。

 (愛知県半田市・主婦・60歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 来るべき新学期に向けて教室ではじまった新入生の歓迎準備、桑原進一さん「春を待つのは」。先輩から手渡されるのは、ひと夏かけて大切に手作りされた心のこもったプレゼント。

 平面の地図と違い、宇宙からの視点で世界を眺めることができる地球儀。たちまち夢が拡(ひろ)がって、山本正美さんの「新星発見」。好奇心旺盛なお子さんの瞳が、一番に輝きます。

 熟練の指先から魔法のように作り出される、戸田裕美さん「トモさんの折り紙」。退屈な待ち時間が、トモさんにとっても、子どもたちにとっても、楽しみな一時(ひととき)に変わりました。

投稿はこちらから
 

この記事を印刷する