東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 300文字小説 > サンデー版掲載入選作一覧 > 記事

ここから本文

【300文字小説】

クラス会 和泉明宏

イラスト・瀬崎修

写真

 三十年ぶりに高校三年のクラス会に出席。

 はじめはどことなくぎこちなかった会話も、会が進むにつれ、懐かしい話で盛り上がる。

 あちらこちらで大きな笑い声が弾(はじ)ける。

 と、背後から誰かがバシッと肩を叩(たた)いた。

 「いずみ!」

 振り返れば、野球部でバッテリーを組んだエースが満面の笑みで僕を見下ろしていた。

 「いずみくーん」

 エースの後ろから飛び出すように、クラスで一番人気だった彼女もやってきた。

 部長でも、お父さんでも、オヤジでもなく。ここには、まさしく僕、和泉がいるのだ。

 (川崎市麻生区・会社員・51歳)

◇ ◇ ◇ ◇

未練 渡瀬善勝

 「お疲れ様でした」の言葉を贈られて定年退職した。

 一抹の寂寥感(せきりょうかん)は地域で新たな人間関係を構築することによって解消できるだろう。

 愛着があるのは、職場で長年使用してきた机と椅子なのだ。

 机の高さ、天板や引き出しのサイズ、段数をメモした。同じものが簡単に手に入りそうだ。

 肘掛け、キャスターつきの、一部塗装がはがれサビの浮いた椅子が問題だ。

 背当ての角度や座面についた凹(へこ)みは身体にしっくり馴染(なじ)んでいて、毎日長時間座っていても疲れを感じたことがない。

 「廃棄の手間が省けるので喜んで差し上げます」は分かっていたけれど、衆人環視の中とても言い出せなかった。

 あれから十余年、どの椅子もしっくりしない。未練が残っている。 (浜松市東区・無職・74歳)

◇ ◇ ◇ ◇

文通 穴井博之

 近くに住んでいる三歳の孫との文通が始まった。

 孫は保育園の先生に代筆してもらい「おじいちゃん だいすきです。パンダがみたいです」と書いてきた。

 子供の日に動物園にパンダを見に行った。

 孫の誕生日が近くなった頃「おじいちゃん だいすきです。おすしがたべたいです」と言ってきた。

 誕生日に回転寿司(ずし)に行って大好きなマグロをお腹(なか)いっぱい食べた。

 クリスマスの前に手紙が来た。

 「おじいちゃん だいすきです。おにんぎょうがほしいです」

 デパートに人形を買いに行った。

 クリスマスの日「おじいちゃん ねんがじょうだすからね」と約束してくれた。

 お正月にはお年玉を奮発して用意しておこう。

 (東京都あきる野市・無職・76歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 卒業から長い年月を経て当時の仲間が顔を合わせる、和泉明宏さんの「クラス会」。たちまち、あの頃の空気がよみがえり、懐かしい呼び名が飛び交って、会場は放課後の教室状態。

 続いては社会人として長い年月を共に過ごした相棒を巡って、渡瀬善勝さんの「未練」。仕事の苦労を黙って背後から支えてくれた座面の感触が、いつまでも忘れられません。

 電子メールの普及にその座を奪われ、最近あまり耳にしなくなったのが、穴井博之さんの「文通」。でも、これは最強の通信手段。もうすぐ、ひな祭りのおたよりが届きますね。

投稿はこちらから
 

この記事を印刷する