東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 300文字小説 > サンデー版掲載入選作一覧 > 記事

ここから本文

【300文字小説】

母だけの秘密 竹花英雄

イラスト・瀬崎修

写真

 私が何かをするたびに、母は言う。

 「あんたは、小さいころと変わらないね」

 ある時は、私の顔をじっと見てつぶやく。

 「ほんと、あのころとそっくりだわ」

 きっと、昔のイメージを重ねて見ているに違いない。母にとって、私はいくつになっても子どもなのだ。

 私の幼少期の記憶など、おぼろげだ。それに、当時の我が家には動画を撮る機器もなかった。記録といえば、セピア色の写真だけだ。

 今の私は、顔も体形もすっかり変わってしまった。それでも、母には私の幼い部分が分かるのだろう。

 しかし、何が昔のままなのか…何が変わらないのか…母は微笑(ほほえ)むばかりで教えてくれない。

 (横浜市鶴見区・自由業・48歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ゆとり世代 齊木萌

 「まったくもう、君ってやつは」

 「はぁ」

 「今は耳が痛いかもしれないが、良薬は口に苦しと言ってだな…」

 「お言葉ですが、先輩」

 「なんだ?」

 「最近は、良い薬でも苦くないと思うんですよ。昔からオブラートとかはあったんでしょうけど、今は錠剤が砂糖でコーティングされていたり、薬を飲みやすくするゼリーなんかもあるじゃないですか。あれって、けっこう甘いんですよ。むしろ、僕にはおいしく感じるくらいです」

 「何が言いたいんだ?」

 「だから、先輩のお小言も、オブラートとか、ゼリーに包んでくれませんかね。僕、意外とガラスのハートの持ち主なんで。今は、良薬も甘い、おいしいってことで。じゃ、よろしく頼みます」

 (愛知県江南市・大学生・21歳)

◇ ◇ ◇ ◇

レジ応援 山村正英

 ある店のレジで女性店員が手際よく袋詰めをしていた。しかし、会計待ちの客は次第に増え、行列ができてしまった。

 店員は慌てた様子でレジの下に手を伸ばし、スイッチを押した。

 「レジ応援、お願いします」

 店内にいる他の店員を呼び出すアナウンスだ。

 すると、会計の行列に母親と並んでいた男の子の声が店内に響いた。

 「レジさん、がんばれ! レジさん、がんばれ!」

 誰もが首を傾(かし)げたが、しばらくして幼い勘違いの理由に気づいた。

 その頃は幼稚園や保育園で運動会の練習をしており、応援の練習もしていた。だから「レジ応援」と聞いて、忙しく働く店員を一生懸命に応援したのだった。

 待たされて不機嫌そうな客に、さざ波のように笑顔がひろがった。 

 (名古屋市西区・会社員・54歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 産声を上げた瞬間からの付き合いです、竹花英雄さん「母だけの秘密」。成長過程の小さな変化も見逃さず、すべてを重ね合わせた意見だけに、奥深い意味が隠されているはず。

 ジェネレーションギャップが話題になると必ず取り上げられる、齊木萌さんの「ゆとり世代」。遠からず、“きみぃ、もっと、ゆとりを持って考えられんのかね”と説教する立場に。

 忙しい店内でしばしば耳にするアナウンス、山村正英さんの「レジ応援」。イライラしがちな場面ですが、男の子の無邪気な勘違いエールが、みんなを和ませてくれました。

投稿はこちらから
 

この記事を印刷する