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【300文字小説】

新しい、本の読み方 西村満子

イラスト・瀬崎修

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 一日を締め括(くく)る私の楽しみは、寝床での読書。今日は単行本二冊、上下巻を枕元に置き、一冊目を読み始めた。

 主人公は若い侍で、剣の達人だ。少しずつ面白くなるが、主人公の人物像や、状況の描写などは、まるでない。なんとも不思議な本である。

 読み進むにつれて、少しずつ状況や人間関係もつかめ、感動して一冊目を読み終える。

 それにしても、一巻目で主人公の役割は終わり、周りの人たちもほとんど死んで、いなくなってしまった。

 二巻目の展開に期待が膨らむ。ワクワクして二冊目に入ると、何かおかしい。

 上巻と下巻、読む順序が逆でした。

 (愛知県北名古屋市・主婦・68歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ストーブの思い出 朝岡みゆき

 子供の頃、真冬になると、家の真ん中でストーブが大活躍した。

 おでんの鍋をかければ、大根に味がよくしみて美味(おい)しかった。

 海苔(のり)を炙(あぶ)ると、青くて香ばしい匂いが満ちて、食欲を誘った。

 ストーブの端に薬缶(やかん)を置いておくと、お茶を淹(い)れるのにちょうどいいくらいに沸いていて、そのお湯でお茶を淹れ、干し芋を焼いて、おやつにして食べた。

 猫がキンキンに冷えて帰ってきて、ストーブの前でヒゲの先を焦がしたまま暖をとっていた。

 夜は湯たんぽに熱湯をつめ、蒲団(ふとん)の中はポカポカとあたたかかった。

 朝、私たち子供がストーブを囲んで「あったかい!」と喜んでいると、「私は寒くなったわよ!」と母が怒り、みんなが笑って、あたたかかった。

 (愛知県豊橋市・主婦・47歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ウサギとカメ 外尾美智子

 ウサギとカメのかけっこを競う童話がある。

 カメが勝ったのには理由がある。ウサギはノロマなカメに負けるはずないと、途中で寝てしまったからである。

 どんなに力がある者でも油断したり、おごりがあってはならないと、イソップは教訓にしたかったのだろう。

 学生時代、恩師が何かの授業でこの話に触れ、「寝ていたウサギのそばをカメも通ったはず。なぜ起こさなかったのか、考えてくるように」と生徒に告げた。

 その後、話題になることはなかったが、今にして思えば「見て見ぬふりでいいのか?」と問いたかったのではないか。

 亡き師に聞くことはできない。

 もしカメがウサギに声をかけていたら…その後のストーリーは、どう変わっただろう。

 (愛知県岡崎市・主婦・71歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 就寝前のくつろいだ気分で未読の書物を拡(ひろ)げた、西村満子さん「新しい、本の読み方」。思わぬ取り違え(?)から、作者の意図を完全にくつがえす、未知の読後感が得られました。

 雪国育ちの評者には、この有り難さが実感できます、朝岡みゆきさん「ストーブの思い出」。まさに囲炉裏(いろり)を囲む感覚。家族の中心にドンと据えられ、みんなの笑顔を、ほかほかに。

 油断をいましめる寓話(ぐうわ)として今も読み継がれる、外尾美智子さん「ウサギとカメ」の物語。恩師の問いかけに応え、ここに“もし”を持ち込むと、ストーリーは十人十色に拡がります。

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