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【300文字小説】

罪深き紅白の宝石 河田紗弥

イラスト・瀬崎修

写真

 目の前には、ふっくらと炊き上がったつやつやのお米。お箸でそっとつまみ、なにもつけずに一口。噛(か)み締(し)めるとお米独特の甘みが口いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。

 味を変えるために魅惑の一品に箸をのばす。

 するりとすり抜けようとするそれを、しっかりつまんで口へ、運ぶ。コリッとした不思議な食感。イカの甘みと塩気…これは白米が呼んでいる、と私はお茶碗(ちゃわん)の中の白い宝石をいただく。

 絶妙だ。美味(おい)しすぎる! イカの塩辛と白米のコンビは! その美味しさに涙をこらえて私は思わず唸(うな)った…という妄想をした。

 「お腹空(なかす)くからやめて」と友人に言われ、私はがっくり肩を落とす。ああ、お腹空いた…。

 (茨城県つくば市・学生・18歳)

◇ ◇ ◇ ◇

名前論争 須郷隆雄

 娘がダンボールを抱えて戻ってきた。犬だ。早速、名前論争が始まった。

 「ポチはどうだ」

 「駄目よ、女の子だから」と女房。

 「十五日に来たから、イチゴ(一五)はどうだ。満月に因(ちな)んでムーンちゃんもいいな。ウサギちゃんはどうだ」と矢継ぎ早に提案するが、皆呆(あき)れ顔。

 「犬なのにウサギはおかしいよ」と口を揃(そろ)える。

 「真っ黒だから、黒兵衛か黒子もいいな」

 「黒はフランス語でノワールだから、ノワはどう」と娘。

 「少し言いにくいから、ノンにしたら」と女房。

 「ノンは否定語だぞ」と言うと、「じゃ、ノンたんにしよう」ということで、娘と女房の連合軍に押し切られた。

 「じゃ俺は、ノンキー(呑気(のんき))と呼ぶことにする」ということで、一件落着。

 (千葉県流山市・無職・71歳)

◇ ◇ ◇ ◇

方言 金子奈央

 昨春、大学進学のため、実家のある愛知から京都へ移り住んだ。

 約一年がたった今、一番の大きな変化といえば方言だと思う。

 愛知にいたころは会話の中で「じゃん、だら、りん」を使うことが当たり前だった。

 しかし関西出身の教授や友人が多いからか、私はいつの間にか、こんな口調で話すようになった。

 「これ、ほんまにきれいやわ。どうやって作ったんやろ?」

 「せやな。うちには絶対できひんわ」

 「職人さんは、してはることが違うなぁ」

 先日、高校時代の友人が京都に訪ねてきた。一年ぶりに会ったが、彼女の話す方言がとても懐かしく感じた。

 別れ際、「関西弁も話せるし、すっかり関西人じゃん!」と言われ、私は思わずこう返した。

 「そうだらー」 (京都市北区・学生・19歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 ほかほかに炊き上がったご飯を目の前に、河田紗弥さんの「罪深き紅白の宝石」。思い描くだけで、お腹が鳴り出しそうな場面ですが、ここで掻(か)き立てられた食欲の行方は?

 新しい家族がやってきて巻き起こった、須郷隆雄さんの「名前論争」。あれやこれや、妙案、珍案入り乱れますが、当の本人(犬?)は、どれを気に入ってくれるでしょう。

 中部から関西へ引っ越して聞き覚えた、金子奈央さんの「方言」。雅(みやび)な都言葉がすっかり身についたはずでしたが、同郷の友人を前にすると、つい耳慣れたお国言葉が飛び出します。

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