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【300文字小説】

特別な靴 福田瑞葵

イラスト・瀬崎修

写真

 私は靴を二つ持っている。

 普段履く用の黒と白のスニーカー。

 もう一つは特別な日だけ履くブルーを基調としたスニーカー。

 滅多(めった)に履かないからか、ブルーのスニーカーは新品と言っても疑わないくらいに綺麗(きれい)。

 だからか、時々このスニーカーを履いていた時のことを忘れてしまいがち。

 せっかく特別な日にしか履かないようにしているのに。

 今日は彼氏と初デート。

 ブルーのスニーカーを履きながら、私は心の中で呟(つぶや)いた。

 「少しだけ汚れてほしい」

 (神奈川県厚木市・専門学生・21歳)

◇ ◇ ◇ ◇

子どもの手形 竹内聡子

 とっ散らかった部屋を片付けるべく、断捨離を決行。強引に押し込まれたまま何年も放っておかれた今や不要なものが続々出てくる。

 がんがん捨てて、気分がよくなっていた。

 子どもの手形がついた紙も出てきた。日付と息子の名がある。保育園で作ったものだろう。

 雑にしまってあったため、紙は折れ曲がりクタクタだ。

 捨てようか捨てまいか…息子に一応聞いてみるかと思いながら、その手形に目を止めた。

 「そう、こんな手だったな」

 掌(てのひら)のぽちゃっとした感じは息子のそれだ。

 「この手を握って、おしゃべりしながら歩いて帰ったな」

 息子の顔も思い出す。そこで気付いた。

 「これは私の思い出だ」

 無愛想な二十歳の息子に確認するのはやめにした。 (東京都調布市・会社員・50歳)

◇ ◇ ◇ ◇

レッドデータ 鈴木千津

 会議室に集まった面々は、みな沈痛な面持ちだった。

 「人気はあったんですよ、でも…」。悔しそうにフィルムカメラが言った。「昔は行列ができたものだったのに、今じゃ…」。公衆電話が寂しげに呟(つぶや)く。

 郵便ポストが諦め顔を向けた。「時代の流れとは言え、免許証さん、あなたまでが?」

 運転免許証が投げやりな口調で答えた。「あっという間に自動運転の世の中だよ。誰も運転なんてしやしない」

 その時ノックの音がして、遠慮がちにドアが開いた。そこには人間が立っていた。

 「人間? 何の用です」

 「ここに行けと指示されたんです。AIってやつに」

 一同はため息ともうめき声ともつかない音を立てた。人間よ、おまえもか。

 (名古屋市緑区・柔道整復師・46歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 ここ一番、きっちりキメたいお出かけに備えて、福田瑞葵さんの「特別な靴」。勝負の一足を大切にしすぎて、これまで出番が少なかったようですが、もうすぐソールがすり減るかも。

 不用品整理の過程で発掘された、竹内聡子さん「子どもの手形」。そこに記録された小さな手のやわらかな感触、仲良く並んで歩いた思い出は、間違いなく、あなただけのものですね。

 時代の流れとともに絶滅の危機に追い込まれた面々が集まって、鈴木千津さんの「レッドデータ」。科学技術の進歩は人間の暮らしを便利に豊かにするため、だったはずですが…。

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