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【300文字小説】

散歩道 松島勝

イラスト・瀬崎修

写真

 足腰が弱ってきたので散歩を始めた。散歩は歩くだけだと思ったが…。

 犬を飼っている家の前は通れない。子どもの頃、太股(ふともも)をかまれたのがトラウマになっている。吠(ほ)えられるだけでビビる。犬と同じくらい怖いのが車だ。だから、車の通行量が少ない道を選ぶ。

 散歩にいい道は、犬を連れた人も多い。犬と出会ったら、横道にそれることにした。

 「これだけ考えて散歩すれば大丈夫だ」

 だが、伏兵がいた。近所に住んでいる人だ。散歩しているとき出会えば、当然挨拶(あいさつ)を交わす。それがきっかけで立ち話。散歩の時間の割に歩数が少なくなるから、これは避けたい。

 あれやこれや、わしは頭も使って散歩している。

 (浜松市東区・農業・79歳)

◇ ◇ ◇ ◇

今日のお弁当何だろう? 光賀 祥恵

 私の毎日のささやかな楽しみは、隣の席に座る上司の愛妻弁当だ。

 料理上手な奥様の作る美味(おい)しそうなお弁当で、チラ見するだけでも幸せになれる。中学生の娘さんとお揃(そろ)いというのもたまらない。

 ところが最近、そのお弁当に陰りが見えた。レイアウトが崩れ、品数が減り、昨日はおにぎりだけ。今日はコンビニの焼きそばパンをかじっている。

 「ケンカでもしました?」

 「いや、かみさん、体壊しちゃって入院してるんだ」

 しばらくして、お弁当が復活した。可愛(かわい)さがパワーアップして。

 「奥様、良くなったんですね!」

 「うん、だいぶね。でもこれ娘が作ってくれてるんだ。母さん手伝うって」

 春の日差し溢(あふ)れるオフィスが、いっそう明るくなった。 (東京都葛飾区・会社員・35歳)

◇ ◇ ◇ ◇

新しい走り 蜂須賀成美

 早朝、新しいランニングシューズを取り出した。鮮やかな黄色のラインが輝いてみえる。

 雲一つない空の下、シューズを履いた。力強く紐(ひも)を縛り、立ち上がる。

 いつものコースに足を踏み入れ、数回ジャンプ。よし、走るぞ! と心の中でつぶやき、一歩を踏み出した。

 普段と違う足元の感覚。風が後押しするように強く吹き始めた。いつもの走りと違う。身体が軽い。ペースをつかんだ。

 いつもはここで苦しくて止まってしまう。だが、今日は止まらない。苦しくない。

 もっと走れる。いつまでも走れる。

 楽しい! 楽しい! 楽しい!

 周りの音も聞こえないほど夢中なのだ。新しい走りに、新しい自分に出会ったのだ。

 そう、少女は走ることが大好きなんだ。

 (愛知県幸田町・中学生・14歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 健康づくりの基本はウオーキング。というわけで、松島勝さんの「散歩道」。しかし、コースのあちこちに、さまざまな難題が。散歩が一種の脳トレにもなっているようです。

 ほっと一息、職場のランチタイム。お隣のデスクに目をやって、光賀祥恵さんの「今日のお弁当何だろう?」。読み手の心の中まで、心地よく満たしてくれるエピソードです。

 履き下ろしシューズでトラックに立ち、スタート切って駆け出した、蜂須賀成美さんの「新しい走り」。限界を一気に突き抜けた若々しい躍動感、爽快感が見事に伝わってきます。

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