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【300文字小説】

春の使者 安藤勝志

イラスト・瀬崎修

写真

 早春、我が家に春の使者が訪れる。

 ミツバチだ。

 庭の片隅にある草花を求めて来るのだ。

 そのローズマリーは十年ほど前に鉢植えで買ったものだが、今は私の背丈を超えるほどだ。

 ミツバチは8の字形のダンスで花の位置情報を伝えると聞いたことがある。

 しかし、どうして狭い庭のハーブの小さな青紫の花の存在を知ったのだろうか。不思議だ。

 ハチミツの味には自然の甘さを感じる。毎朝、私はハチミツを食べる。

 私の家のハチミツは誰が食べるのだろう。

 今朝も私はパンケーキに塗って食べている。

 (静岡市葵区・無職・75歳)

◇ ◇ ◇ ◇

猫の日の贈り物 延嶋小百合

 窓を開けると猫がいた。まだ少し小さくて、飼い猫のようだ。

 夕方から降り出した冷たい雨に阻まれて、家に帰れなくなったのか。

 外はもう暗く、あまりの寒さのせいか、うずくまって動かない。

 猫を抱えて、こたつの中に入れた。しばらくすると、暖まったのか寝ている。

 起こさないよう、そっと撫(な)でてみた。天国にいる愛猫と同じ柔らかな感触。近くに猫の気配があるだけで癒やされる。

 夜も明け、朝から良い天気。

 暖かくなった頃、窓を開けると、猫は元気に外へ出て、いつの間にかいなくなった。

 そういえば、昨日は二月二十二日「猫の日」だった。

 ふと、天国の猫から優しい時間をもらったような気がして、青空を見上げた。

 (茨城県筑西市・主婦・54歳)

◇ ◇ ◇ ◇

利き腕 鈴木真人

 なぜか歯磨きの時は左利きになる。右手で持つと歯茎を傷めてしまいそうなのだ。

 不思議だったが、この年になって妙に気になってきた。

 記憶を辿(たど)ると、幼少の頃、母親から箸は右手と叱られていたような気もする。現に弟は箸を持つのもボールを投げるのも左手だ。

 どうやら、長男である自分は、その頃の時代背景もあり、右利きに矯正された可能性が高い。

 母は歯ブラシくらいはいいと思い、見逃したのだろうか。

 試しに箸を左手で持ってみた。意外と上手(うま)く使える。同時に右側の脳への刺激も感じる。

 健康の面でも良い気がして、年老いた母に助言がてら話をしてみた。

 好きな洋裁をしながら、昔の事は忘れたと言う母。裁断鋏(ばさみ)を握っているのは、左手だった。

 (愛知県瀬戸市・会社員・61歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 緑萌(も)え花開く季節の到来を軽やかな羽音で知らせる、安藤勝志さん「春の使者」。花から花へ、ブンブン忙しく飛び回って働く彼らのおかげで、芳醇(ほうじゅん)な甘味がわれわれの口に。

 二二二(ニャンニャンニャン)の語呂合わせから生まれた記念日を振り返って、延嶋小百合さん「猫の日の贈り物」。雨のもたらした寒気が、暖かな一夜をもたらしてくれました。

 右か左か…幼児期の記憶までさかのぼって、これは一種の自分探し、鈴木真人さんの「利き腕」。お箸と茶碗(ちゃわん)を入れ替えてみたら、今まで気づかなかった新しい自分が。

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