東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 300文字小説 > サンデー版掲載入選作一覧 > 記事

ここから本文

【300文字小説】

ひよこ 白井百合子

イラスト・瀬崎修

写真

 僕が幼稚園の頃、婆(ばあ)ちゃんちの春祭りで、可愛(かわい)いひよこを売っていた。

 どうしても欲しくて、親にねだって買ってもらい、段ボール箱に入れて飼っていた。友達のこうちゃんが「可愛いなぁ」と、羨(うらや)ましそうだった。

 暖かくなると、外のケージに移し、毎日餌や水をやって育てた。こうちゃんは時々来ていたが、ブロックで遊んでばかりいた。

 夏になって、突然こうちゃんが「ひよこはどうした?」と聞いた。「庭だよ」と言うと、外へ飛び出て行き、「ひよこがいないよ。にわとりしかいないぞ。ひよこはどこへいった?」と叫んでいた。

 あれから四十年…長いこと会っていないが、こうちゃんは、どんなオンドリになっているのかなー。

 (愛知県岡崎市・主婦・72歳)

◇ ◇ ◇ ◇

私語 渡瀬善勝

 最近の学生はおとなしいとされるが、まじめかどうかは微妙なところだ。

 何といっても授業中の私語が多い。後ろの方で声を潜めることもなく延々と続く私語には心底うんざりする。

 「私の講義を聞きたくない者は、他の学生の邪魔になるから出て行きなさい」の注意には、もう少しで拍手を送るところだった。

 学生側にも言い分はある。

 私語が多いからといって必ずしも聞いていない訳ではないのだ。

 突然のいじわる質問に対する的確な答えに、聖徳太子も真っ青と感心したことさえある。

 学生に向き合うことなく背を向けたまま白板相手に喋(しゃべ)っていることの多かった講座が終了した学期末、ある学生はいみじくも言った。

 「この講義は先生の私語」

 (浜松市東区・無職・74歳)

◇ ◇ ◇ ◇

未来なんて知りたくない 浅沼道郎

 いつのころからか、自分の未来を夢で知ることができるようになった。

 志望大学に落ちることも、志望会社から内定をもらえないことも、すべて正夢だった。

 夢に見るのは不幸なできごとばかり。

 こんな能力(?)なんて、わずらわしいだけ。どれだけ自分自身を呪ったことか。

 そんなボクが恋をした。

 相手は容姿端麗で才気にあふれ、ボクには不釣り合いな高嶺(たかね)の花だった。

 ところが、そんな彼女と、なんと夢の中でボクは結ばれた。

 初めて見た幸せな夢だった。

 夢を信じて、ボクは彼女に猛アタック。ついに結婚にまでこぎつけたのだ。

 そして、また夢を見た。夢の中の彼女は、鬼の形相でボクをこき使う鬼嫁となっていた。 

 (名古屋市千種区・会社員・64歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 ピヨピヨさえずりチョコマカ走り回る姿も愛らしい、白井百合子さんの「ひよこ」。半年もすれば立派なニワトリに育ちますが、人間の成長にはまだまだ何年もかかりますね。

 大勢の学生を相手に講義する教員にとって頭の痛い問題、渡瀬善勝さんの「私語」。一方、受講している学生の側からは、こんな耳の痛い意見も聞こえてくるようです。

 予知夢の能力を授かった男の嘆き、浅沼道郎さんの「未来なんて知りたくない」。すべてを運命と割り切ってあきらめるか、それとも未来を改変すべく立ち上がるか、決断の時。

投稿はこちらから
 

この記事を印刷する