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【300文字小説】

祖母の宝箱 鈴木久美子

イラスト・瀬崎修

写真

 押し入れの奥にあるお菓子の缶。それが、祖母の宝箱だ。

 中をのぞいてみると、私が小学校の頃に使っていた名札や色鉛筆、敬老会のプログラムや汚れたお手玉、鶴の折り紙やアメ玉の包み紙まで、箱いっぱいに入っている。私にはどれもガラクタにしか見えないが、祖母は時々一つ一つ手に取ってはニコニコしている。「これ、いつの物?」とでも聞こうものなら、思い出話がとまらない。

 アルバムや携帯を持たない祖母にとって、家族の成長や思い出は、この箱の中の宝物と共に頭の中に入っているのだろう。これからも元気で、たくさんの物を集めてほしい。

 今度は、もう少し大きな箱をプレゼントしよう。

 (愛知県安城市・主婦・56歳)

◇ ◇ ◇ ◇

我がよき友よ 伊藤慶巳

 裏通りの家の軒先を通ると、いつも一匹の猫が「にゃあ」と挨拶(あいさつ)する。

 こちらも「おう」と応えて見渡すと、ガレージの上から「おーい、ここだ」と言わんばかりに猫が尻尾を揺らしている。

 「今日はそこかい」

 問いかけると、再び「にゃあ」と言う。にゃんとも愉快な奴(やつ)だ。

 ある日、軒先に差しかかったが、声がしない。「おやっ」と思ったが、猫はガレージの上にいた。

 僕は嫁さんを連れていたから、猫は猫なりに気を遣(つか)ってくれたのだ。

 数日後、通りかかると「にゃあ」と声がした。

 「やあ、こないだは済まなかったね」

 僕が言うと、猫は素早くガレージから母屋の屋根に駆け上がり、一段と大きく「にゃあ」と言った。

 そう! 僕たちは友だちなのだ。

 (東京都江東区・自営業・54歳)

◇ ◇ ◇ ◇

気まぐれ光線 浦邉康雄

 仕事を終えた家路の途中に、一匹の猫が俺を見ている。

 近づいても逃げる様子もなく、見ている。

 その時、強い閃光(せんこう)があたりを包み、一瞬、気を失ったかのような錯覚を覚えた。

 辺りを見回したが変わった様子はなかった。

 目の前にいた猫が話しかけてきた。

 「ヨォ、おっさん」

 何のことだか分からなかった。

 「お前、話せるのか?」と聞くと、「お前が俺たちの言葉を話してるんだぜ」と答える。

 マジか、俺が猫の言葉を話してるのか。何かヤバイ状況になった気がした。そうだ! あの光だ。あの光のせいで、俺は猫言葉になったに違いない。

 「お前は、あの光が何か知ってるのか?」

 「知らないね。でも時々光が差すことはある。それを待つしかないだろうな」

 (東京都稲城市・会社員・48歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 大切な品々がぎっしり詰まった、鈴木久美子さん「祖母の宝箱」。中身は、どれも実物。実際に触って、眺めることでよみがえるリアルな脳内メモリーは、決して消去されません。

 街角で毎日のように顔を合わせる、伊藤慶巳さんの「我がよき友よ」。声に出さずとも、ちゃんと雰囲気を察して気を利かせてくれるあたり、心が通じ合っている証拠です。

 同じく街角での猫との出合いを描きながら、こちらはシュールな奇想系、浦邉康雄さんの「気まぐれ光線」。未知の現象に、どう対応するか? この先の展開が気になってなりません。

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