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【300文字小説】

髪 森美由希

イラスト・瀬崎修

写真

 「今日はどうなさいますか?」

 「失恋したので、うんと短く切ってください」

 あまり歳の変わらなそうな、可愛(かわい)い美容師さんの笑顔が固まる。わたしは後悔した。ヤケになっていたとはいえ、こんなことまで言うべきではなかった。

 それでも美容師さんは営業スマイルを取り戻して、背中まであったゆるふわウエーブの髪を首が見えるくらいまでバッサリ切ってくれた。

 店を出る時、美容師さんは言った。

 「髪、とっても似合ってますよ」

 自分でもそう思う。切ってよかった。だって、こんなに似合うのだから。

 駅に戻り、電車に乗ってつり革につかまった。流れていく町並みはカラフルで、空の色は淡くやさしかった。 (兵庫県明石市・大学生・21歳)

◇ ◇ ◇ ◇

におい 竹内祐司

 街を歩いていると、女子高生二人が前から歩いてきた。

 一人が「雨が降りそうだね。雨の前のにおいがする」と言い、一人が「あるある! そういうにおい」と答える。

 しばらくすると、本当に雨が降ってきた。

 秋に「冬のにおいがする」という人もいる。あまりにおいのわからない私は「詩人か!?」と思うが、みんなに聞くと「確かにそういうにおいはある」と同感の意見が多い。

 ある日、七歳の息子が「おかあさんが怒る」と言いだした。

 「なんでわかるんだ?」と聞くと「怒るにおいがするもん」と言う。実際、怒りだした。

 以来、子どもが「おかあさんが怒るにおいだ」と言うと、あわてて一緒に避難するようにした。

 すぐ「どこ行ったのよ!」と罵声が響く。

 (愛知県刈谷市・会社員・55歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ポイント制 石川文晃

 それでは今回導入いたしますポイント制について説明させていただきます。

 これまでは過去の経歴などから判断して決定を行ってまいりました。

 しかし、印象に大きく影響されるのではないか、あるいは判断材料に偏りや抜け落ちがあるのではないかなど、以前から多くの不満があげられておりました。

 そこで今回、それぞれの行為にポイントを定め、判断の公正化を目指しました。

 お手元の冊子をご覧ください。

 それぞれの行為に対しての加点、減点ポイント数が細かく記載してあります。

 これらはたえず自動で累積され、最終、総合点におきまして、プラスの場合、マイナスの場合の行き先が決まります。

 ここまではよろしいでしょうか、エンマ大王様?

 (愛知県一宮市・会社員・61歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 苦い過去をバッサリ断ち切って新しい自分に出会おうと決意した、森美由希さんの「髪」。その思いに、ステキな美容師さんが、見事なハサミさばきでバッチリ応えてくれました。

 視覚や聴覚より記憶を呼び覚ます力が強いといわれる嗅覚を巡って、竹内祐司さんの「におい」。時には、差し迫った身近な危険を知らせてくれることもあるようです。

 多様な情報を数値化して蓄積することで誤判断を回避しようという、石川文晃さんの「ポイント制」。忖度(そんたく)や隠蔽(いんぺい)、忘却が通用せず、あたふたする面々も少なくないでしょう。

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