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【300文字小説】

食事には相手が必要 小島博

イラスト・瀬崎修

写真

 妻が、友だちと三泊四日の旅に出た。家には私一人が残された。

 妻は、出発前に思いのほか多額の小遣いを置いていってくれた。いつもは私が夕食を作る担当であるが、この間、夕食は作らないことにした。

 朝食はトーストと目玉焼き。昼食は抜き、夕食は外が暗くなる頃にテレビの前で缶ビールを開け、デパ地下で買い込んだ惣菜(そうざい)で済ませた。

 いつもなら、「今日の味付け、少し塩分が濃いかな」とか、「調理の腕、上がったね」などのコメントが入り、「そりゃ日々努力してるからね」などと返して、食卓を囲み、ワイワイ言っていたが、今はテレビの音声が響いているだけ。

 食事がおいしくなるには、相手が必要だ。

 (愛知県小牧市・無職・66歳)

◇ ◇ ◇ ◇

甘やかし? 安田正子

 朝七時。四歳になる娘を起こす時間です。

 部屋に入ると、娘はスヤスヤと寝息を立てていました。

 楽しい夢を見ているのでしょう、笑みを浮かべています。

 「起こすのは、ちょっと可哀想(かわいそう)ね」

 でも、心を鬼にして、「みいちゃん、おはよう」と、優しくお顔を撫(な)でました。

 すると、娘はハッと驚いたように目を覚ましたのです。

 「あら、今日はすぐに起きてえらいわね」

 声をかけるやいなや、娘の顔はだんだんと曇り、ついには泣きだしてしまいました。

 「お姫さまの本、買ってもらったのにぃ」

 どうやら夢の中で、好きな本を手に入れていたようです。現実はそんなに甘くないのよ。

 でも、その涙には負けました。正夢にしましょ。

 (埼玉県狭山市・主婦・43歳)

◇ ◇ ◇ ◇

私はどこかのお嬢さま 大谷雅代

 「お兄ちゃんの邪魔するからでしょ。あなたが悪い」

 「お姉ちゃんなんだから少しは我慢しなさい」

 兄と喧嘩(けんか)しても、弟と喧嘩しても、いつも怒られるのは私。三人きょうだいの真ん中は損だ。

 (でも、なぜ…私だけ?)

 二段ベッドの隅で、めそめそしながら考える。

 そうだ! あれは本当のお母さんではないからだ。きっといつか、本当のお母さまが私を迎えに来てくれるはず。

 こんな狭い、三人一緒の子ども部屋なんかじゃなくて、私専用の広い部屋に、ふっかふかのベッド、ピンクのフリフリがついたベッドカバー。

 いつかきっと、優しくて美しい本当のお母さまが私を迎えに来てくれるはず…と思ったら、自分とそっくりな顔がベッドを覗(のぞ)いて、

 「ご飯よ!」

 (栃木県那須塩原市・コンサルタント・52歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 妻の外出で久々の単身生活、のんびり息抜き手抜きで過ごすつもりだった、小島博さんの「食事には相手が必要」。言葉のやりとりが何よりの調味料だと、改めて気づかされました。

 ハッピーな夢の世界から呼び覚まされてご機嫌ななめ、安田正子さんの「甘やかし?」。夢の中で手にしていたお姫さま本には、どんな物語がつづられていたのでしょう?

 一方こちらはドラマのようなバラ色の筋書きを夢見て、大谷雅代さんの「私はどこかのお嬢さま」。ベッドまで迎えにきてくれたお母さまは、間違いなく本当のお母さんでした。

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